かーやん☆ブログ

稀代のポンコツDJ

キューブリック作品における「トイレ」の考察

キューブリック作品に通底するキーワードのひとつに「性的モチーフ」が挙げられると思うが、それと同じくらい頻出する場面がある事に気がついた。それは


「トイレ」


だ。


『シャイニング』には 表側からは見えない裏の(血に染められた)部屋として真っ赤なトイレットルームが出てくるし、『フルメタル・ジャケット』でゴーマー・パイルがハートマン教官を殺し 自害したのも、『博士の異常な愛情』でリッパー将軍が拳銃自殺を遂げたのもトイレだった。


おそらくキューブリックが描き続けたトイレとは「孤独の間」のイメージなのであろう。


人は生を授かり たったひとりで死んでいく。日常において誰にも見られず 孤独で居られ、己をさらけ出せる場所それこそがトイレなのだ。


で、ここでまたも映画『ジョーカー』の話なのだが()、この作品にも重要なポイントでトイレが何度か出てくる。


トイレとは通常ひとりきりの空間だが、複数名いる場合そこでなされる会話は外には漏れない「秘密の話」だ。


『ジョーカー』というとあからさまなスコセッシ・オマージュの方に目が行きがちだが、キューブリック作品との共通性も他にもいくつかあるので、そこに注視して観ても面白いかと思う。


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運び屋

クリント・イーストウッド監督・主演の映画『運び屋』観了。

これは悪銭身につかずとか 因果応報とか、そういう話ではない。
家族を蔑ろにしてきた見栄っ張りな老人にも、麻薬カルテルの売人にも、そして麻薬捜査官にも、生きていくためにやるべき事があり、日常や生活がある…それらを並列に描いた作品だ。

まぁ実話が元になっているので地味な話ではあるのだが、題材(脚本)が良ければ何でもやるし、この役は自分がやった方がいいと思えば 一度はやめた俳優業も復活するしね。イーストウッドは本当に映画を作る事が面白くて楽しくて仕方ないんだろうなと。それが画面からビシビシ伝わってくるから最後まで退屈せずに観られる。そして余計なシーンは大胆にバッサバッサと切ってテンポ良く見せているのもイーストウッド監督作の特徴だ。なので早撮り→多作でもあるのだが、彼が監督をやりながらも役者としてできるのは それだけイーストウッド組(スタッフ)のチームワークが鉄壁なんだろうなと。

以前『グラン・トリノ』評の時にも言ったけど、イーストウッドはもう黒澤・フェリーニ・ゴダールなんかと並べて語ってもいいと思うよ。アメリカ映画を代表する大巨匠と言っても過言ではないかと。

で、今回は多田野曜平の日本語吹替版で観たんだけれど、これも非常に良かった。まぁできれば老成した山田康雄の声で聞きたかったなぁっていうのもあるけれど。

★★★★☆

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【ネタバレ注意】『ジョーカー』夢想論 〜『ジョーカー』は傑作ではあるけれど、世紀の大傑作ではない理由〜

本日昭島のMOVIXで映画『ジョーカー』を再鑑賞(2度目)。


で、今回は「どこからどこまでがアーサー(ジョーカー)の夢想なのか」というテーマに絞って集中して観てみたのですがそれですごい事がわかった!!(これ以降はネタバレとなりますので、ご容赦の程を)

 

 

2度目を見始めた当初は


・精神病棟を出てピエロとして生計を立てながら母親と二人暮らしをしているっていうところ以外は全部アーサーの夢想と予想

・地下鉄で3人のエリートサラリーマンを殺したのはアーサーではなく、マスクをした別のジョーカーの可能性(アーサーは自分が殺ったと思い込んでいる)。

・アーサーが病室にいる母親を殺めたのも妄想。おそらくただの自然死を自分が殺したものと思い込んでいるだけ。

・同僚のクラウン仲間を殺したシーンは事実なのか妄想なのかはちょっと微妙。ただ妄想の可能性高し。

・そもそもアーサーはスタンドアップコメディアンではない。ネタ帳を持ったまま舞台に上がる芸人なんているものかなのでステージに上がっているのも、テレビに取り上げられ出演したのも全て夢想(あの舞台をビデオで録っていたっていうのもありえないかと)


と思っていた。


しかしラストシーンを見てその今まであれこれ考えていた自分(観客)の夢想は無駄なものだったとはっきりとわかった。


もしかすると、アーサーが精神病棟にいた(もしくは現在進行形)という事実以外は全て彼の夢想(夢オチ)なのではないかと思えてきたのだ。


そうすると捕らえられパトカーで護送される際に救出されたにも関わらず、オープニングにチラリと出てきた精神病棟にまたいるという件も納得がいくし、うまく円環している事になる。

ラストでは血の足跡を残しながらステップを踏んでいるが、あの思わせぶりなシーン(カウンセラーを殺したのではないかと思わせるような)も実はアーサーの夢想なのではと思えてきた。


その他にも「全てが夢想論」を決定づける事項はいくつかある。例えば


・一番わかりやすい夢想の例として、同じアパートメントに住むシングルマザーの黒人女性とのロマンスは実はアーサーの妄想でしたというネタばらしが挙げられるが、ひょっとするとアレは「この黒人女性とのロマンス以外は全て真実です」と観客をミスリードさせるためにわざと入れたシーンだったのではなかろうかと深読み。

・アーサーがトーマス・ウェインがいる『モダン・タイムス』のフルオケ付き上映会に容易に忍べ込めたというのも不自然(つまりこれも夢想)。それとゴッサムシティという架空の世界に、実在するチャップリンの映画が上映されているというのにも何か違和感を感じる(つまりこの上映会そのものがアーサーの夢想でもある)。
・最後ブルース・ウェインの両親を殺害したのは「別のジョーカー」だった。つまりこれは何を意味するのかというと「別にジョーカーはアーサーでなくてもいい」そして「これを観ているあなたもジョーカーになる可能性を含んでいるのだ」という事だ。

・それとメディアでは地下鉄殺害事件の犯人はピエロの「マスク」をした人物だと報道している。アーサーはマスクではなくメイクだ。つまりこれは前述と同じように


マスクさえ被れば(アーサーでなくても)誰でもジョーカーになれる

アーサーはジョーカーではない(自分こそがジョーカーであると夢想するただの「気狂いピエロ」)

ジョーカーはジャック・ニコルソンでもあり、ヒース・レジャーでもあり、ジャレッド・レトでもある(そしてホアキン・フェニックスでもある)

要は誰でもいい

という事は誰にでもジョーカーになり得るし、それはあなたなのかもしれないよ

つまり『ジョーカー』は「(アーサーによる)ジョーカー・ビギニング」の話ではない(ホアキン・フェニックス=ヒース・レジャーではない)


という事を示唆しているのではないのかというのが、二代目淀長(襲名予定)の見解だ。
 
 

そして以上が『ジョーカー』は傑作ではあるけれど、世紀の大傑作ではない理由なのである。


もしかするとこれだけ掘り甲斐があるだけでも充分に大傑作なのかもしれないが(笑)、夢オチなのだと思うと急に冷めてしまったいやー、奥深いよ『ジョーカー』は。
 
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ジョーカー

映画『ジョーカー』観了。

これを観て「アーサー(ジョーカー)は俺だ!!」と思えたボンクラも「自分の身の不幸をこうした形で解放するのは如何なものか」と不快に感じたリア充も どちらも不幸で、ある意味幸せ…そんな禅問答のようなというか、リトマス試験紙のような映画が『ジョーカー』だ。

予告を見た時から感じていたが、本作はマーティン・スコセッシ監督の『タクシードライバー』そして『キング・オブ・コメディ』へのオマージュに溢れている。というか、狂気に満ちたホアキン・フェニックスの顔つきが既に若き日のロバート・デ・ニーロであり、ハーベイ・カイテルのそれだ。ゴッサム・シティは完全に70年代のニューヨークのスラムそのものだし、細かい事を言えばクラウン(ピエロ)仲間が 『タクシードライバー』のトラビス(デ・ニーロ)の同僚のピーター・ボイルやノーマン・マットロック似であったり、ロバート・デ・ニーロの黒人女性好き(『タクシードライバー』でトラビスがナンパしたモギリ嬢も、実際の奥さんも前妻も黒人女性だ)がアーサーのキャラクターにも反映されていたりと『タクシードライバー』を100回ぐらい観た自分からしたら枚挙に暇がない。
それとスタンリー・キューブリック監督へのオマージュも感じられた。オープニングの80年代の一時期だけに使われたワーナーロゴの復活や『時計じかけのオレンジ』を彷彿とさせる暴力シーン等々。

本作はDCのバットマン・サーガを観ていなくとも楽しめるが、ゴッサム・シティとウェイン一家の事ぐらいを予備知識として入れておけば充分。むしろ『タクシードライバー』を鑑賞してから観に行く事をオススメする。

そして本作にはその元ネタとなったロバート・デ・ニーロ本人まで出演しているのだ。まぁ今の若い子にはわからないんだろうな、この胸熱感は。現に劇場で観ていた人たちの反応を見ていたらポカーンとしている人(特にDCシリーズとして期待してきた若者)が多かったし(苦笑)。

ダウナーな作品なので万人には薦めないが、質感の高い 間違いなく近年稀に見る傑作。
ただ劇伴は最近のハリウッド映画にありがちなもので個人的にはイマイチ。挿入曲のセンスはよかったのに、もったいなかったなw

★★★★☆ 

グラン・トリノ

BSプレミアムでクリント・イーストウッド監督『グラン・トリノ』観了。


117分間、一分の隙も無い大傑作だった。


これはクリント・イーストウッドという俳優であり監督の集大成であり、総括であり、訓戒だ。そしてイーストウッドの映画を観続けてきた者への最大のご褒美でもある。


はっきり言って、世界中で今 黒澤明のような作品を撮れる映画監督は彼しかいない。イーストウッドと同じ時代を生きている自分を誇りに思えるそんな映画だった。

観終えた直後なのでこの凄さを言語化するのがちょっと難しい。しばらく噛み締めていたい。

★★★★★ 

淑女は何を忘れたか

小津安二郎監督『淑女は何を忘れたか』(1937年)観了。

戦後の小津作品は全て観ているので、そろそろそれ以外のものにも手をつけていこうかとw


戦前のトーキー2作目。撮影は途中で茂原英雄から厚田雄春にバトンタッチされており、以後厚田によって戦後の名作群が撮られた事を思うとコメディ作品とはいえ、本作が小津中期作品へのブリッジになっている事が窺える。テーマ的には『お茶漬の味』(1952年)の原型であるとも言えよう。


キーパーソンとなる主人公(斎藤達雄)の姪役の桑野道子が『青春残酷物語』の桑野みゆきに似てるなーと思っていたら、実の娘だった(笑)。

それとかあやん(飯田蝶子)がまだ若く、ニヤリとしてしまったw

小津作品として大傑作とは言い難いが、観ておいて損の無い1本。

★★★☆☆ 

HIGANAKA ROCK FESTIVAL ’19

初めてアナログでDJミックスを作りました。通算31作目となる

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『HIGANAKA ROCK FESTIVAL ’19』

です。

先日のヒガナカロックフェスでのプレイを再現&インスタントリプレイ。
闇練では(笑)いつも9割7分くらいの精度でしたが、今回のミックスは奇跡の10割の出来!! まぁ一発録りという意味ではアナログもデジタルも変わらないのですが、渾身のミックスができたので東中野に来られた方も来られなかった方も是非とも楽しんでくださいね。

『HIGANAKA ROCK FESTIVAL ’19』DJ karyang (ダウンロードはこちらから)

『Billie Jean』Michael Jackson
『涙のtake a chance』風見慎吾
『Ch-Check It Out』Beastie Boys
『東京は夜の七時』野本かりあ
『CAN'T TAKE MY EYES OFF OF YOU』ZARD(IZUMI SAKAI+YASUHARU KONISHI)
『YOU MAY DREAM』シーナ&ザ・ロケッツ
『雨あがりの夜空に』RCサクセション
『タイムマシンにおねがい』サディスティック・ミカ・バンド
『たどり着いたらいつも雨降り』モップス
『ファンキー・モンキー・ベイビー』キャロル
『港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ』ダウン・タウン・ブギウギ・バンド
『銀子の唄』江波杏子
『一番星ブルース』菅原文太・愛川欽也
『学園天国』小泉今日子
『恋するフォーチュンクッキー』AKB48

80sに渋谷系、和ロックに昭和歌謡からのAKB…と、この幕の内弁当感が我ながら かーやんらしいなと(笑)。
原点に帰って楽しく回させてもらいました。これでようやく名刺らしいものができたかな? ちなみにジャケのイラストはネズミザルスタジオ吉田さんに描いて頂いたものを使わせてもらいました(非営利利用)。ありがとうございます☆

それとmixcloud版もアップされております。そちらでしたら ダウンロードしなくてもオンラインでどこでも聴けますので、そちらの方も宜しくお願い致します(内容は全く一緒です)。

これを聴いてHAPPYな気分になって頂ければ幸いです。ではまた現場で!!w

90s J-POP BPM127FPM4

昨日 喜多見のDJパーティーでプレイした90s J-POPミックスが早速音源化。
先行してお越し頂いたお客様全員にミックスCDを贈呈させてもらったのですが、本日ダウンロード版をここに公開します。

通算30作目、2019年初のドロップとなります DJ karyangの新作DJミックス

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『90s J-POP BPM127FPM4』

です。

これはシリーズとなっておりますBPM127通しのノンストップミックス『BPM127FPM』の第4弾でもありまして、昨日の生プレイよりも5分長い(2曲多い)全長版となっております。
お越し頂いた方にも、来られなかった方にも、みなさんに楽しんで頂けるものになっていれば幸いです。

『90s J-POP BPM127FPM4』DJ karyang (ダウンロードはこちらから)


『INTO THE LIGHT』‪MISIA‬
『traveling』‪宇多田ヒカル‬
『FREEDOM』‪globe‬
『私がオバさんになっても』‪森高千里‬
『サマーヌード』‪真心ブラザーズ‬
『ガッツだぜ!!』ウルフルズ
『君がいるだけで』‪米米CLUB‬
『渚』スピッツ
『どんなときも。』‪槇原敬之‬
『渋谷で‪5時‬』‪鈴木雅之‬ & ‪菊池桃子‬
『渚にまつわるエトセトラ』‪PUFFY‬
『イージュー★ライダー』‪奥田民生‬
『Sweet Emotion』‪相川七瀬‬
『HIGH PRESSURE』T.M.Revolution
『GET WILD DECADE RUN』‪TM NETWORK‬
『名もなき詩』Mr.Children
『くじら12号』‪JUDY AND MARY‬
『恋しさと せつなさと 心強さと』篠原涼子
『survival dAnce ~no no cry more~』TRF
『恋とマシンガン』Flipper’s Guitar

(※生プレイ中にご指摘を頂いて発覚したのですが『traveling』‪は2000年リリースだそうです。でも大目に見てwwww)

それとmixcloud版も既にアップされております。そちらでしたら ダウンロードしなくてもオンラインで視聴ができますので いつでもどこでも お手軽にインスタント・リプレイ。そちらの方も宜しくお願い致します(内容は全く一緒です)。
 
 
【DJ karyang 今後のスケジュール】
8/24(土) 12:00-
『ヒガナカロックフェスティバル'19』
東中野@ビストロde麺酒場 燿ひかる
2000円(1drink)


『恐怖と欲望』問題について

アスペクト比の話ついでに、もうひとつキューブリックのどーでもいい話をw

それはスタンリー・キューブリック監督の処女作『恐怖と欲望』(1953年)についてだ。

これは つい数年前まで「幻の作品」と言われていた…というのも 生前キューブリックは この『恐怖と欲望』を「初期のつたないアマチュアの仕事」と自ら黒歴史と認定し、なんとそのプリントの全てを自費で買い取り、どこにも上映できぬよう封印してしまったのだ!!w
なので ずーっと観たくても観られない作品だった訳だが、ついに初めてソフト化(DVD&BD)されてしまった(日本では2013年に)。

まさに「死人に口なし」とはこの事だ。
あんなに観たくてたまらなかった幻の作品だったのに、いざこうして公のものになってしまうと観る気が失せてしまい、キューブリックファンだというのに実はいまだに『恐怖と欲望』を観られずにいる。

まるで亡くなった恋人の遺言を頑なに守っている面倒くさい男のようですが…まさにその通りなんで ほっとけーきw

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『バリー・リンドン』のどうでもいい話

BSプレミアムでスタンリー・キューブリック監督の『バリー・リンドン』を放映していた。

この機会に今回 話しておきたいのは「ソフト化(もしくはテレビ放映時)伴うアスペクト比問題」だ。
他の作品や映像作家ではそれほど大きな問題にはならない事象なのだが、ことさらキューブリック作品となると、某かーやんのような(笑)世界中のキューブリックマニアが黙ってはいないw
というのも キューブリックという監督は「完璧主義者」であるとよく言われている。できる限り自作をコントロールし、NGを127回出させたとか今となっては伝説的に語られる程なのだが、自作のソフト化に際してのこだわりも尋常ではなかった。自分が関わったものは決して人任せにはせず、徹底して関与するという姿勢だ。

しかしキューブリックの死後にリリースされた再販版DVDやBD(ブルーレイ)では 現在のワイドテレビの普及に合わせ画面のアスペクト比(縦横比)を改変しているものが存在している。
それはまずは「テレビ有りき」という思考で、現在のテレビのフォーマット(16:9)にピッタリ合わせた方が見やすいであろうというに考え方に基づいたものなのだが、キューブリック信奉者はとことんオリジナルにこだわるw

全作品を挙げたらキリがないので『バリー・リンドン』を例にすると、下画像のようにキューブリック監修の初期DVDとBDでは微妙にアスペクト比が異なるだけでなく、天地の映っていない部分の存在が確認できる。

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これで推測できるのは、DVD版のマスターの上下をカットして 後にBDが作られたのだとしたら 元々のマスター(オリジナルネガ)が存在していないという事になる(もしくは手抜きをしたか)。

つまり『バリー・リンドン』は

1.撮影時のオリジナルネガ(1:1.77)
2.劇場公開時(1:1.66) ※キューブリック本人の意向によるもの
3.初期DVD(1:1.58) ※4:3のレターボックス収録
4.BD(1:1.78)

と、4つのバージョンが存在する事になる。

そのうちキューブリック自身が監修し認めているものは2と3。そして今日BSプレミアムでオンエアーされたものは4に該当する。
要は現在 監督の意向に一番近いものを観たければDVD版を入手するしかない…という話だったのですが、上下もしくは左右をカットするのか、それともレターボックスもしくはサイドパネルで完全収録するのか…どうでもいい人にとっては ホントにどーでもいい話でしたね、ハイwwww

ちなみに『シャイニング』以降の作品の初期DVDは当時のテレビのサイズに合わせてか4:3になっているのだが、BD版はオリジナルネガを用い 劇場公開当初のアスペクト比に限りなく近い形で収録している。
それがファンにとっては良いのか悪いのは微妙なところなのだけれども、気になるなら両方持っておけという…これまたどーでもいい話w
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