かーやん☆ブログ

藤沢在住のエノニャン写真家。DJ karyangという名でDJもしております。何卒。

2011年09月

ブレイブ ワン

主演のジョディ・フォスターが製作総指揮も手掛けた意欲作。

警察でも法でも裁けない悪は自らの手で…という、いわゆる「ヴィジランテ(自警団)」ものである。

まぁある意味『タクシードライバー』でロバート・デ・ニーロが演じたトラビスの役を、今度はあの時 娼婦役だったジョディが演じているかと思うとなんだか感慨深い。あれから30年経ってもニューヨークという街の、社会の、人の心の「病巣」は治っていないという事だな。

例えばね、オイラが逆の立場で私刑人になったとしたら、まず相手を縛り上げて死ぬギリギリぐらいまで めっためたに痛めつけて「死の恐怖」を味あわせると思うんだけど、やっぱ女性は違うんだよな。非常(非情)にクール。銃で一発ズドンだもん。

まぁジョディ・フォスターらしい映画っちゃー映画だよね。なんかラストはあっけなかったけど(苦笑)。

殿方ご免遊ばせ

真っ赤なオープンカーで疾走するブリジット・バルドーというオープニングだけで もう男子は卒倒だろう!!w

しかし これが1957年の作品だというのだから驚きだ。

フランスっていうのは 当時ホント最先端のオサレ映画を量産していたのだなと、ただただ感心。

正直、もうストーリーとかどうでもいい(苦笑)。BBの魅力がスクリーンからはみ出さんばかりに炸裂していれば、もうそれだけで立派な映画として成立するのだ。

それにしても なんなんだろうねー。このムッチムチのプリンプリンなのに下品ではない健康的なBBのエロさってw 

可愛いとか美人だとか もうそういう人間的レベルを超越して、犬とか猫が愛おしいというような自然事象的な魅力だw 

現代人(現代女性)はBBから学ぶところが多いと思うな。グラビアアイドルとかは この『殿方ご免遊ばせ』を5億回ぐらい観て研究せよ!!w

彼女がいなかったら もしかして峰不二子というキャラクターもなかったかもしれないよなーw


★★★☆☆


(2013.1.23 一部改稿)

風の中の牝雞

また小津さんの悪いクセが出た!!

『浮草』の灯台と一緒で、延々と建設中のガスタンクばっか 捨てカットで使ってるw よっぽど気にいったのかなぁ?w

前作の『長屋紳士録』は戦争孤児の話だったが、本作は終戦直後 夫の復員を待つ妻の悲哀と苦悩を描いた かなり暗めの作品

田中絹代が見る者の期待を裏切らない好演をしている(杉村春子のように嫌味はないw)。しかし救いようがないほど暗い話なのだ(苦笑)。内容が内容だけに悲壮感もたっぷり、階段落ちのシーンは かなりショッキングだった。

脚本を担当した斎藤良輔、そしてこの後に小津とタッグを最後まで組む事となる脚本家の野田高梧などは本作に対して批判的で、小津自身も「失敗作」と認めているらしいが、オイラは別にそうは感じなかった。

例えば こういった話は 世相や時代背景は違っても「自分の彼女が かつて(もしくは今)風俗嬢だったらどうするか?」とか、現代でも置き換えられるわけでしょ?

不景気も続き、あのような大きな震災があって混乱がなおも続く昨今の日本と、こうした終戦直後の問題が重なって見えたのは オイラだけだろうか。

小津さんは自分も復員してきた身だけに『長屋紳士録』でもそうだったが、こうした戦後の現実もちゃんと描いておいた方がいいんではないかと判断したのだと思うのだが。

しかし 次作の『晩春』からは野田高梧と二人で、世相に流される事のないエバーグリーンな作品づくりに没頭していく。

つまり皆がイメージする「(戦後の)小津安二郎監督作品」へのターニングポイントとなった作品とも言えるのではなかろうか。

そういった意味でも貴重な一本だし、見て損はないと思う。『長屋紳士録』と同様、シンプルなラストシーンも個人的には好きだ。ただ暗いのだ…w


★★★☆☆


(2016.12.9 一部改稿) 

長屋紳士録

戦後初めての小津監督作品。

戦争孤児の話なのだが まだ焼け野原が残る風景はなんとも痛々しい。そして終戦間もない頃の茅ヶ崎の風景もフィルムに残されている。海の景色だけは今も昔も変わらないんだな、コレがw

で、特筆すべきは みんなでお茶碗をチャカポコ叩きながら笠智衆が「のぞきからくりの唄」を唄うシーン。これが秀逸!! そしてすごいグルーヴ感!!w 



『彼岸花』でも詩吟を披露していたが、笠さんって見た目に寄らず(失礼)めちゃくちゃ歌うまいよなぁ♪w

歌の途中で箸をクッと上げるところなんか、まるで

ジミー・ペイジのバイオリン奏法

みたいでカッコイイじゃないか!!wwww


それとラストもシンプルながら じぃぃんとくる。小津さんの子供たちへの愛と 終戦間もない日本への希望が感じられる名シーンになっているし、飯田蝶子の演技も素晴らしい。

ちなみに 飯田蝶子が劇中「母やん(かあやん)」と呼ばれているのに、いちいちドキッとしてしまう かーやんなのでした(笑)。


★★★★☆


(2014.2.12 一部改稿) 

探偵はBARにいる

男は走らなければならない。

そして男は優しくなければならない。


大泉洋が新しいヒーロー像を好演していた。

そしてかつて親父さんも「探偵」だった松田龍平もいい味を出していた。


はっきり言って必見の一本

予備知識をできるだけ入れずに、頭をリセットした状態で観る事をオススメしますので、この場では なんも言えねぇ(笑)。

とにかく観てみて!! 続編も待望。

浮草

小津監督が大映で撮った珍しい一本。

本作を高評価している人も多いようだが、どうも松竹の作風に見慣れてしまっている所為か、オイラは この浪花節なストーリーに いまいち馴染めないでいるw

出演者も当然の事ながら大映の役者さんばかりなので、なんか違和感もあるし。

あとウインダム(ウルトラセブン)に怪光線を放ったのによく似た灯台が印象的に何度も捨てカットで出てくるのがおかしいw

小津さんってよくやるんだよね、こういう事を(『風の中の牝雞』のガスタンクとかw)。おそらく それによって場所(シーン)とか建物の位置関係なんかを見せたいんだろうけど、オイラから言わせたら ちょっとクドイ。ま、口で説明するよりはマシだけどw

しかしラストはいいね。京マチ子が中村鴈治郎の火の点いた煙草を手に取って自分の煙草に火を点けるシーンがグッとくる。あれはキスシーンのメタファーだよ、きっと。

これはオイラの想像だが、小津作品において ああいうシーンはおそらく全て脚本として明文化されているものと思われる。そこら辺も実に確信犯的な小津・野田脚本。後の『小早川家の秋』にも通ずるものもあるが(こちらは東宝作品)、何かいつもの松竹のテンポ感とはまた異なる作品をあえてアウェイでぶつけている感じがしますね。

で、大映作品なのでキャメラマンはもちろん東洋のグレッグ・トーランド、宮川一夫

小津さんは ほとんど自分の指示通りに撮らせたという事らしいが、よく観ると「あ、ここは宮川一夫が押して小津さんが譲歩したカットなんじゃないか?」と思えるショットもいくつかあるので、それを楽しみながら観るのも一考かとw

それと小津作品でありながらも鴈治郎さんや京マチコなんかがエモーショナルな演技をガンガンやっているんで、いつもは浮きまくっている杉村春子がちょうどいい感じになっている(むしろ抑制した演技に見える)のがなんとも皮肉っぽい(笑)。杉村春子の関西弁、上手いねw


★★★☆☆


(2014.2.12 一部改稿)

お早よう

戦後の小津作品の中でも明らかに異質なコメディ作品。

しかし子供目線でオトナ社会を痛烈に批判しつつも、これからの家族の在り方を描いているという点では、従来の小津のラインから逸脱はしていない。

テレビを買ってくれるまでは一切しゃべらないという子供たちのボイコット事件が、婦人会費行方不明事件とリンクして 向こう三軒両隣のご近所で更なる疑惑を生む。

まさに『お早よう』で描かれているのは

「コミュニケーションの不通」(と、そこから生ずる歪み)

という問題だ。

それは同時に のちの日本の家庭や地域コミュニティーの崩壊・断絶を予感させるものになっている。

そういえばスタンリー・キューブリックの映画は みんなこんな感じの「コミュニケーション不通映画」だ。『2001年宇宙の旅』や『博士の異常な愛情』や『シャイニング』もしかり。

小津は5年10年…いや、1年2年先の「(お茶の間の中の)SF作品」を作っていたのかもしれないなw 


戦前に小津は このような子供を主人公にしたサイレント・コメディを量産していたわけだが、『彼岸花』に続けて作られた2作目のカラー映画という事で「せっかく色がついたんだから、原点に返ってちょっと明るい話(コメディ)でもやってみようかねぇ?」となったのだろうか?w

竹中直人監督の『無能の人』や ジム・ジャームッシュ、アキ・カウリスマキのようなオフビートな笑いを含んだ作品なんかにも多大な影響を与えているといった意味でも必見の1本。


で、前作の『彼岸花』に出てきた真っ赤なケトルに続き、本作で存在感を示しているのが「真っ赤なフラフープ」だ(またしても赤w)。

ま、ラストは まぁるく収めましょ…ってな事なんですかねぇ?w


★★★★☆


(2014.2.12 一部改稿)

クレージー黄金作戦

「♪金だ金だよキンキラキンのキン」w

海外旅行というものが日本人にとって まだまだ高嶺の花で夢のまた夢だった 1ドル=360円の時代(映画の公開は1967年)に こうして海外ロケなんかしていたわけだから、如何に当時クレージーキャッツが桁違いのスーパースターであったかという証だよな、コレは。

しかし後半の宝探しの話は どーでもよかったな(苦笑)。オチなんか最悪だし。どーでもいいけど 長いよ、この映画(なんと2時間37分もあるw)。 


で、なんといっても特筆すべきは、ラスベガスの目抜き通りでのミュージカルシーン!!



これは合成ではなく、州警察の協力を得て 実際に道路を封鎖して行われたロケーションである。

こんな事はフランク・シナトラだって、マイケル・ジャクソンだってやった事はない。日本映画史に残る前代未聞の名シーン…まさに「黄金の七人」だ。


しかし ただ1組、これと同じ事をやった日本人がいる。

それは『ザ・ベストテン』の中継で唄い踊った 少年隊だ(笑)。


★★★☆☆


(2014.1.23 一部改稿) 

デルタ・フォース

今から20年以上前になるだろうか…映画などめったに見ない父がテレビで見て「面白いじゃないか」とボソリとつぶやいたのが この『デルタ・フォース』だ!!(ちなみに父は たまにテレビでやる西部劇を見る程度の人だった/笑)


で、今見直してみて どうかというと…面白いじゃん、普通にアクション映画として!!w

チャック・ノリス主演作としてはスケールも大きいし、完成度も高い。ハイジャックの描写など ちゃんと描いているのも なんとも興味深い。上官役のリー・マーヴィンもなかなか渋かった(しかしこれが遺作になってしまった)。

やはり当時は派手なスタローンやシュワちゃんの陰に隠れてしまった感があるが、CG一色でハリウッド映画が薄っぺらになってしまった今日において チャック・ノリスをこうして再評価する価値はあるのではなかろうか?(過大評価かい!?/笑)


それと特筆すべきは、劇中アレンジを変えつつ延々とバックで流れているデルタ・フォースのテーマ曲だ。これがまたテンション全開でカッコイイ!!(今でもよくテレビのバラエティー番組等でも使われているが)



で、音楽を担当したのはアラン・シルヴェストリ。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(ヤクルトの青木w)のテーマ曲の人といえば「ああっ!!」と思うだろう。

彼こそ まさにポスト・ジョン・ウィリアムズと言えよう!!w


しっかし まさか21世紀に入ってから9.11みたいな事件が本当に起こるとはねぇ、いやはや…。

寺田農はルトガー・ハウアーの夢を見るのか?

昨日テレ東で 昼間っから なんと『ブレードランナー』を放映していた!!w

観てみたら 昔TBS(『月曜ロードショー』)で放映された、いわゆる「完全版」(欧州や日本で劇場公開され、最初にビデオソフト化された初期の劇場公開版。ユニコーンの夢無し、デッカードの補足モノローグ&ラストの逃亡・空撮シーン有りのバージョン)の吹き替え版だった。

いやー、寺田農のルトガー・ハウアー、かっこよかったなぁ~!!

ルトガー・ハウアーの演技以上に抑制された寺田氏の声の演技は秀逸。よりレプリカントっぽかったしw

ちなみにデッカードの声は堀 勝之祐。ハリソン・フォードといえば『スターウォーズ』や『インディー・ジョーンズ』シリーズなんかの影響で 磯部 勉の方が馴染み深いという人も多いと思うが、そんな人にはザ・シネマ(CS)版の「ファイナル・カット」吹き替え版は新録になっており 磯部氏がデッカードの声をやっているので こちらもオススメだ(未ソフト化。ちなみに意外な事に磯部氏がデッカードの声を当てるのはこれが初めて)。 

それと久しぶりにエンディングの空撮シーンが見られてヨカッタ☆

あのシーンはリドリー・スコット監督がスタンリー・キューブリック監督に頼んで『シャイニング』のオープニングの空撮ショットのNGカットを譲ってもらって編集したというのは有名な話(米国公開の際にハッピーエンドにしなければならず、急遽ラストのシーンを追加しなくてはならなくなったため)。

で、キューブリックは「どうぞ、ご自由に」と快くフィルムを譲ってくれたらしいが、そのNGフィルムの量がとんでもなく膨大でリドリー・スコットもビックリしたんだとかw
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