かーやん☆ブログ

DJ karyangという名でDJもしております。から揚げ51個おじさん。

2013年09月

『あまちゃん』とは何だったのか ~総括~

本日9月28日、NHKの朝の連続テレビ小説『あまちゃん』がフィナーレを迎えました。

自分も「あまちゃん論」的なものを当ブログで書かせてもらいましたが、いやー みなさんホント細かいところまで見ていますねぇ~。

『潮騒のメモリー』が『セーラー服と機関銃』のアンサーソングだったとか、トンネルの向こう側にはアキとユイの明るい未来の光が差しているとか、「その火(日)を飛び越えて~」とか…。

なので 『あまちゃん』についての深い考察は みなさんにお任せするとして(笑)、かーやんの「あまちゃん論」もこれで最終回。最後は作品を総括して締めくくりたいと思います。


『あまちゃん』というドラマは一体何だったのか…それは

山田洋次監督の『男はつらいよ』シリーズ以降、パッタリと途絶えてしまった日本の人情喜劇の復興・復権

だったのではなかろうか(ま、厳密に言ったら同じ系譜上に『釣りバカ日誌』シリーズなんかもありますがねw)。

宮藤官九郎は、被災した故郷でもある東北の地に、日本の朝に、笑いと笑顔を届けたかったのだ。

特に最終章でもあった震災編は 重くなりがちな題材ながらも 「お構いねぐ」という名台詞で 東北の健在ぶりと復興への希望を巧みに表現した(そういえば前述の『男はつらいよ』の最終作で寅さんは当時震災直後の神戸に訪れて支援活動をしているシーンで終えている)。


それと高く評価したいのは、大友良英による劇伴である。

あの軽快な『あまちゃん』のオープニングテーマは、どこか吉本新喜劇の出囃子によく似ているw

底抜けに明るい あの音楽のおかげで、この震災へと向かっていく事が始まった時からわかっている『あまちゃん』というドラマを安心して最後まで見られたような気がするのです。そう考えると、今回のドラマでの功績は大きかったのではなかろうかと。


あと 鈴鹿ひろ美、春子さん、そして大吉っつあんの合同結婚披露宴のシーンを見て感じたのは『あまちゃん』とは

中年賛歌

であったという点だw

なんでも朝の連ドラには「必ず劇中で一度は花嫁姿(結婚式)のシーンが出てくる」という暗黙の決まり事があるらしいのだ。

となると 通常は朝の連ドラでは主役であるヒロインの結婚式になるはずなのだが、『あまちゃん』では さにあらずw

フレッシュさとは無縁のおっさんとおばちゃんが こぞって3組も晴れ姿であるw しかもそのうち1組は事実婚、2組は同じパートナーとの再婚であるw

こうなってくるとアキとユイは本当に この番組のヒロインなのかと疑いたくなるw

ずーっと『あまちゃん』を見守ってきた熱心なファンからすれば、最終回以上に感涙されられたのも 鈴鹿ひろ美本人による『潮騒のメモリー』の生歌唱のシーンだったのではないかw 若者以上に元気な中年パワー、おそるべしw

『あまちゃん』は 明らかにクドカンが同じアラフォー世代に向けて送った応援歌であり、国民的番組である朝の連ドラを通じて放った「これからの日本は俺たちが作り支えていくんだ」という宣言(バトンタッチ)でもあるのだ。

子供の頃は面白いと思わず、ほとんど見る事がなかったNHK。しかし自分も齢四十を超えて、今こうして朝の連ドラを毎日欠かさず見る大人になるだなんて思ってもいなかったw

もちろんクドカンも まさか自分がNHKの朝の連ドラを書くとは思ってもみなかったであろうw

こんなに朝の連ドラで日本中が盛り上がったのは 『おしん』以来ではなかろうか?w

そして この異様なオンタイムでの盛り上がりに、スマホやSNSの普及が関与している事は言うまでもない。

テレビはまだまだオワコンではないというところをまざまざと見せつけた 記念碑的な作品にもなった『あまちゃん』に半年間たっぷりと楽しませてもらいました。

この場を借りまして あらためて、スタッフとキャストのみなさんに感謝の意を。


それとオイラが書こうと思っていた事のほとんどは この人が書いてくれていたので(笑)、もし興味がありましたら こちらをご覧ください。水島宏明さんのコラム です。

激突!

スティーヴン・スピルバーグ監督によるテレビ映画。71年。高校生の頃 観たっきりだから、25年ぶりぐらいに再見w

日本や欧州では再編集されたものを劇場公開したために、一般的には スピルバーグの監督作品 第1作目と言われている(現在では、同じくテレビ映画『刑事コロンボ/構想の死角』が1作目とされているようだ)。

ハイウェイでトラックを追い抜いたら、延々追っ掛けられる…という、ストーリーは驚くほど単純だw

なので一歩間違えれば 非常に単調になりがちな話を、若きディレクター・スピルバーグは90分のドラマにしては異様に多いカット割りでテンポよく見せている。

車載カメラの映像もたくさんあったが、今見ると それはまるでGoProで撮ったかのような画であるw ステディカムの無い時代だが、非常に滑らかな移動撮影で撮られていて テレビ映画とは思えないほど、クオリティーは高い。

それにしても、後半は冗長な感じになってしまった(苦笑)。もっと短くてもよかったんじゃね?…と、思ったら テレビ放映版は74分だったらしい。それと主人公のナレーション、アレもいらなかったなw あれだけシンプルで、しかもスピルバーグだったら映像だけでも充分に説得力を持って状況説明できるというのに、何故にあんなモノローグをつけたかなぁ?

ちなみにあのトラック、一説によるとユニバーサル・スタジオに候補となるトラックを10台ほどズラーっと横並びに置いて トラックのオーディションをやって、あの印象的なトラック(顔)が選ばれたらしいw

まさしく あの殺人トラックの面構えは、モンスターのメタファーである。

そして その「モンスターが人間を襲う」というプロットは、その後も『ジョーズ』や『ジュラシック・パーク』でも延々と繰り返される…まさにスピルバーグの原点であり、永遠のテーマだ。もちろんそれは日本の『ゴジラ』の影響なんかもあるんだろうけどw スピルバーグは親日家ですからね。『男はつらいよ』のファンクラブの会員でもあったしwwww

で、今回この作品について調べていて初めて知ったのだが、実は『激突!』の原作って『地球最後の男』(『アイ・アム・レジェンド』)のリチャード・マシスンだったのね。いやはや、ビックリ!!w


★★★☆☆


 

刑事コロンボ/構想の死角

スティーヴン・スピルバーグ監督作品全31本をすべて観てしまおうという この企画、いよいよスタートしました!!

でも ブログのタイトルを見て 「おやっ!?」と思った方もいるはず。

以前はスピルバーグの処女作といえば、一般的には『激突!』(71年)という事になっていました。

しかし近年では テレビ映画『刑事コロンボ』のシリーズ化されてからの第1作目「構想の死角」(71年)がスピルバーグの初監督作品と言われる事が通例になっているのです(ちなみに『激突!』も米国ではテレビ映画として放映されているので、劇場長編映画の初監督作品は厳密に言うと『続・激突!カージャック』(74年)からである)。

お恥ずかしい話なのですが、昔からよく日本でもテレビで放映されている『刑事コロンボ』を 実は今まで ほとんど見た事がなく、今回が初めて見たと言っても過言ではない程なのですw

でも初めてちゃんと見た『刑事コロンボ』がスティーヴン・スピルバーグ監督作品だったなんて、なんとも光栄である☆w


ストーリーは2人で1組の推理小説作家の1人が相方によって殺されるという話(コンビなのに 殺した方は実は創作に直接一度も関与した事がないという 奇妙かつ不思議な関係w)。

展開はなかなか面白かったのだが、ラスト 犯人が罪を認めるところが実にあっけなさすぎた。

まるで古畑任三郎みたいだなーと思ったが、よくよく考えたら こっちの方が元ネタだったwwww

演出はヒッチコックっぽくもあり、劇伴もバーナード・ハーマンっぽかった。これがスピルバーグの原点なんだと思って観ると、より感慨深い。コロンボを手掛けた時、スピルバーグはまだ若干25歳…一説によると スピルバーグはユニバーサル・スタジオに潜り込んで、勝手に空き室に自分のオフィスを作り、自らを売り込んで仕事を得ていたという逸話もw

スピルバーグ好きの人だったら、見ておいて損のない1本だ。

そう、全てはここから始まったのだから。


★★★☆☆

かーやんの「あまちゃん論」

NHK朝の連続テレビ小説『あまちゃん』がいよいよ佳境である。

震災復興支援のために 鈴鹿ひろ美がチャリティーリサイタルを被災地・北三陸で開くと切り出す。もちろん自分が唄った歌ではないという事も知り、自分が「移ろいやすい音程」であるという事を自覚しての決断だw

そこで新たな展開が。春子は「影武者」であった事実を鈴鹿本人に明かし、過去が清算されスッキリしたかもしれないが、鈴鹿ひろ美だけは まだ過去を引きずり、コンプレックスを抱えていたという真実。

これは ちょっと意外な展開だった。彼女は「それでも唄いたい」と強く思い願っていたのだった。


で、このシーンを見ていて、ピンと閃いた!!

そうだ、『あまちゃん』というドラマは、(震災の)復興も含めた

「再生の物語」

だったのだ。

そういえば よくよく考えてみたら 鈴鹿ひろ美だけではなく、この「再生」が主人公の天野アキ以外のほとんどの主要人物にとってキーワードになっているではないか。

アイドルの表舞台には立てず、のちに別の形で芸能界に再起を掛けた春子、春子との再婚をずっと願っていた正宗、幾度となく挫折をし、震災によって東京への進路も絶たれたが「潮騒のメモリーズ」で地元アイドルとして再び復活を遂げるユイ、大病から生還した夏ばっぱと足立パパ、家族を捨てて失踪したが、ふたたび地元に帰ってきた足立ママ、一度は夢やぶれたが、またアイドルを育てるという夢を北三陸の地で成し遂げる決心を固めたミズタク…と、ここでちょっと挙げただけでも、ほとんどの登場人物が「再生」という言葉と絡んでいる。

先程「天野アキ以外の~」と前置きしたが、つまりアキは周囲のその「再生」を促す存在なのである。


作中、震災による被害や復興に対して気遣っていたアキに対して夏ばっぱが放った

「お構いねぐ」

という名言があった。被災した人たちは確かに大変だ。だけど何も大変なのは被災者である自分たちだけではない。だからこそ出てきた「お構いねぐ」という言葉だったのではなかろうか。

3.11以前と以降で人々の心の在り方も変わったかもしれない。だけど、大変だったのは震災以前も同じだという事。みんな生きている限りは 何かしら問題や悩みを抱えて日々を送っているのだ。

震災という事実を通して、クドカンが描きたかったのは そういう事だったのではないだろうか。

「あまちゃん」であるアキを通じて、その周辺の人たちが「再生」され、その過去が浄化(成仏)されていく。

前作の朝の連ドラ『純と愛』も同じく「再生の物語」だったが、『あまちゃん』との大きな違いは 登場人物が驚くほど不幸の連続で ちっとも救われていないし、主人公が前向きであっても浄化されていないのだ(なので、もちろん見ている側のカタルシスも薄い)。

別にそれでドラマとして悪いとは言わないが、やはりここは朝一番で見てから職場や学校に向かう人たちが多く見ている朝の連ドラでは 明るい話の方が望ましいとクドカンが描いた世界観は まさに『純と愛』へのアンサードラマだったとは言えないだろうか。


しかも話が2011年に向かって進めば進むほど物語の緊張は高まる。そう、見てる側(視聴者)は この後起こる東日本大震災の事実を知っているから…。

一説によると脚本の宮藤官九郎は『あまちゃん』を書くにあたって、どうやって震災を描くか(もしくは描かないか)ギリギリまで悩み抜いたと言われている。

事実としての震災を「描く」という選択肢、そして そもそもフィクションなのだから 仮に無かった事かのように「描かない」という選択肢もあったはずだ。だけどクドカンは苦悩の末に描く方を取った。

そして それと同時に「震災で(登場人物が)誰も死ななかった」という選択肢も選んだ。

自分も学生の頃、脚本家を目指して書いていた時期があったので 書き手の気持ちがよくわかるのだが、話(脚本)の中で「安易に人を殺す」というのは一番やってはいけない事だった。人が死んで悲しいというのは当たり前だし、それは「逃げ」であると信じていた。

もちろんあれだけの大きな東北での震災で 北三陸の登場人物全員が何事もなく無事に生きていたという事に対しての「ご都合主義」とか「甘い」とか「リアリティに欠ける」いうような批判は避けられないという事もわかっていながらも、クドカンはそれを選択したのである(まぁどちらを取っても結局 非難を避ける事はできないのだが/苦笑)。厳しい現実とフィクションとのせめぎ合い…しかし これはドラマであり、報道やドキュメンタリーではない、ある種のファンタジーなのである。そしてもちろん被災者への配慮もあった(津波のシーンを破壊された模型で表現したり、テレビ中継を見ている人たちのリアクションで見せたりと)。


それでは最後に、ラストに向かってのキーワードをひとつ。

劇中 海女たちによって唄われ、よく流れていたキーソング・橋幸夫と吉永小百合による『いつでも夢を』の一節

あの娘は いつも 歌ってる

そう、潮騒のメモリーズとして復活を遂げたアキもユイも、喪失した歌手としてのアイデンティティを取り戻そうとしている鈴鹿ひろ美も、北三陸のみんなも、きっと最後は笑顔で「歌ってる」のではなかろうか(『あまちゃん』と音楽との関係性については 以前このブログで書いたので、こちらを参照して頂きたい)。

ラストは北三陸鉄道、潮騒のメモリーズ、そして鈴鹿ひろ美の3つの「再生」が成されて、それが3倍以上の物語のカタルシスを生むのではないかと 推測している。 

最後には どんな大団円が待っているのであろうか。最終回はハンカチ必須で臨みたいw

【予告編】(ここであえて)スピルバーグ宣言!!

現在 当ブログでは『トラック野郎』シリーズの全作レビューを連載していますが、これからそれと並行して

スティーヴン・スピルバーグ監督作品全作レビュー

をやります!!

実はオイラ、スピルバーグの大ファンってわけじゃないんです。小ファンぐらいw っつーか、撮影監督のヤヌス・カミンスキーのファンであると言った方が正しいかもしれませんがw

スピルバーグ作品の存在って、スタジオジブリ作品とかディズニー作品に近いものがあるかと。

もう普通にそこにあって、面白くて当たり前みたいなw

だから今更 語りづらいというか、正当評価がしづらい作品だと思うのですよ。

宮崎駿監督は先日引退宣言をしましたが、スピルバーグも現在66歳。これからあと何本作れるかという、ある意味 カウントダウンに入ったかと。

なので この機会に、あらためてスピルバーグ作品を全作 順を追って観て、この場でレビューをしていこうかと思っております。

以前から ずーっと スピルバーグ作品の分析・研究をやりたいと思っていたのですが、先週の『ニッポン・ダンディ』(MXテレビ)でスピルバーグ特集をやっていた影響も大きいですね。後押ししてくれたというか、いい機会でした。

なんでもスピルバーグは監督作品だけで31本あるらしいんで、先は長いですw ごゆるりと お付き合い頂ければ幸いです。 

まずは早速 処女作から4本借りてきました~☆

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今日はご報告までw 次回からのレビューをお楽しみに!!

ぎょーざ会ファイナル

2年と2ヶ月で26回やりました 定例のぎょーざ会が昨日で終わりました。

こうして今までやってこられたのも ひとえに参加してくださった皆様のおかげです。本当にありがとうございました。


最後に 2年間月イチで続けてきた ぎょーざ会の記録をここに記しておきます。

会場使用回数ランキング
野毛 『三陽 御用亭』 13回
茅ヶ崎 『餃子酒場 カノウ』 6回
神奈川新町 『中国料理 餃子菜館』  3回
藤沢 『レトロ新橋系 餃子家』 2回
腰越 『Robins Egg Blue』 2回

ちなみに最多参加の方は、なかむー君で 17回でしたー☆


もっとみんなの笑顔が見たいので、不定期ながらも また別の形で何か企画ができたらと思っております。 その際は何卒宜しくお願い致します。

ぎょーざ、フォーエバー!!w


追伸:昨日のぎょうざ会でやりましたDJの模様がツイキャスのアーカイブにあります。よろしければこちらからどうぞ♪(その5まであります)

トラック野郎 望郷一番星

『トラック野郎』シリーズ第3弾。シリーズ最高傑作にして、阿呆臭さとエロ度も最強な1本wwww

ヒロインは現AV女優の島田陽子(苦笑)。老け顔だからか、今とあんまり変わらない印象w

そして最凶のライバルは、カムチャッカこと大熊田太郎次郎左衛門(梅宮辰夫)!!(爆っ)

辰ちゃんが「たくらんけーっ!!」なウルトラ・バイオレンスで大暴走!!w しかし人情味も人一倍厚いのであった☆w スケールアップされた屋外での肉弾戦では西部劇的な演出もなされ、意外とカッコヨス!!w

で、本作の見どころは、なんといっても「宮城縣」(吉川団十郎)の衝撃的な死だろう。

その死を悼んで 宮城縣が大好きだった都はるみ(なんと本人役で友情出演)を呼んでトラック仲間たちが盛大に盆踊りで弔うという、わけわからんちんなシーンが これまた意外と感動を呼ぶw

そしてクライマックスは 桃さん(菅原文太)が仲間のためにトラックをぶっ飛ばして期限ギリギリまでに荷を運ぶという、いつもの展開w

すっかり仲良くなったライバル・カムチャッカの無線指示や、夏場のタイヤのバーストを防ぐために仲間たちが道路に水を巻くシーン等で盛り上がりは最高潮に!!

そんな オススメの1本です☆(←ほとんど内容を話してしまったwwww)


★★★★☆

で、今回の桃次郎がトルコ風呂に行くまでの時間は 9分42秒と やや遅めだったのだが…その内容が酷かった!!w

なんと…

画像1

やもめのジョナサン(愛川欽也)の子供たち総勢9名を連れてのトルコ風呂!!wwww

こんなのテレビでやったら、間違いなくアグネスに怒られるよ!!(苦笑)

っつーか 今じゃできねーか、こんなのw

泡まみれで身体をこすり合っている兄妹や、コンドームを風船がわりに膨らましているガキもいて、まさに川崎ディズニーソー○ランドだ☆wwww

で、桃さんが子供たちをトルコに連れていってる間に ジョナサンとお母ちゃん(春川ますみ)は、またも子作りに専念しているのであった。しかも真っ昼間からw

青春残酷物語

大島渚監督の出世作。60年松竹。

1960年に この『青春残酷物語』は さぞかしセンセーショナルであり スキャンダラスで、多くの若者に支持された事であろうか。

それを知るために、ちょっと当時の時代背景を調べてみた。

1953年 マーロン・ブランド『乱暴者』
1955年 ジェームズ・ディーン『理由なき反抗』
1956年 石原慎太郎『太陽の季節』
1959年 ジャン=リュック・ゴダール『勝手にしやがれ』 

そして1960年、同じく松竹の小津安二郎は『秋日和』を、東宝の黒澤明は『悪い奴ほどよく眠る』を作っている。

そうやって考えるとやっぱ早いよねw 予告編を見たら、既に この時点で「日本のヌーヴェルヴァーグ」と謳っていた。松竹も公開当時それをウリにしていた事がよく分かる。

撮影監督は川又昇。彼はそれまで松竹の小津組で長い事 撮影助手をしていた。そのせいか、解き放たれたかのように快活自在に撮っている。本作での彼の功績は大きいかと。ちなみに川又昇は現在もご健在で、鵠沼にお住まいらしいw


主人公・清(川津祐介)や真琴(桑野みゆき)の鬱屈とした思いは、そのまま当時の大島の気分と重なるのではなかろうか。

そんな時代の空気が こうしてフィルムに刻まれ、今もこうして輝きを放っている。

安保反対のデモ隊をゲリラ撮影したシーンを見ていると、後に大島がドキュメンタリーに転向していったのも納得だ。

大島渚が生きた証が、ここにある。


ヒロインの桑野みゆき、決して美人ではないけれど、あどけない可愛さがあって とにかく肌が綺麗だw

個人的には 桑野みゆき演ずる真琴の姉役で出ていた 久我美子も好きな女優さんである。小津作品にもいくつか出てるしね。


それと、本作を見ていて とんでもない事実に気がついた!!

久我美子の元カレ役に 渡辺文雄が出ていた。

主人公の川津祐介渡辺文雄…これはまさに

『くいしん坊!万歳』コンビ

ではないか!!wwww


★★★☆☆

仁義なき戦い

言うまでもない、深作欣二監督の代表作。73年東映。

なんか自分の肌には合わなかったな。

大映の江波杏子の女賭博師シリーズなんかは楽しく観られたんだけど、やっぱこっちは「実録もの」だからかなぁ? 結局最後まで感情移入ができなかった。

しかし梅宮辰夫が割腹するシーンや、菅原文太が指詰めるシーン、それと二人で「血の杯」を交わすシーンなんかは本当に痛々しかったなぁ~。

人が死んで腕が飛んだり血まみれになるシーンとかは大丈夫なんだけどねぇ。いわゆる「痛い話」的なやつが苦手なのかなぁ?w


★★☆☆☆ 

きっと ここが帰る場所

パオロ・ソレンティーノ監督による2011年のイタリア映画。

とにかく美しい映像に陶酔しっぱなしの2時間。

別に映画はストーリーや演技が優れていれば「いい映画」というわけではないという好例のような作品だ(しかし、主演のショーン・ペンの怪演は素晴らしかった。見終わって すっかり彼のファンになってしまった!!w)。

オイラは こういう味わいのある映画をよく「佇まいの良い映画」と評するのだがw


実は本作には元トーキング・ヘッズのデイヴィッド・バーンが なんと本人役で出演しており(劇中の音楽も共同で担当)、トーキング・ヘッズ時代の名曲『THIS MUST BE THE PLACE』のライブ・パフォーマンスを劇中でご披露している(ちなみに本作『きっと ここが帰る場所』の原題が『THIS MUST BE THE PLACE』であり、もちろんこの曲からインスパイアされたものである)。

そのシーンは まさにトーキング・ヘッズのライブ映画『ストップ・メイキング・センス』(ジョナサン・デミ監督作品)を彷彿とさせるもので、ネタバレになるので書かないが、その地味ながらも 如何にもデイヴィッド・バーンらしい『欽ちゃんの仮装大賞』的な舞台装置は圧巻。観る者の度肝を抜かれ感動すら覚える。それを観るだけでも充分に価値のある1本だ(ファンの間では有名な話だが、デイヴィッド・バーンは日本の『欽ちゃんの仮装大賞』の大ファンらしいw)。


そして前述の通り、デイヴィッド・バーンが本人役で出てきたりと本作にはメタ・フィクション的な要素もある。

そういう点や 奇妙な人物が次々と出てきてシークエンスを重ねていく手法は デイヴィッド・バーンが監督した映画『トゥルー・ストーリーズ』にも似ている。 

パーシー・アドロン監督の『バグダッド・カフェ』とか好きな人だったら必見。オススメの1本です。

あ、それとU2のボノの娘さんが女優として出ているので(イヴ・ヒューソン)、そんなところも音楽好きな人には見どころかとw


★★★★☆
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