かーやん☆ブログ

DJ karyangという名でDJもしております。から揚げ51個おじさん。

2014年01月

カンフーハッスル

先日テレビでやっていたのを途中から見たら なまら面白かったので、ブルーレイを借りてきて再観賞。

要はマンガの世界なのですが(笑)、マンガで何が悪いんだよ!!…っていう話なんですねw

やっぱチャウ・シンチー(監督・脚本・主演)の映画って楽しいよね☆ CGを使っていても昭和テイスト満載でさーw

まさしくスピルバーグの、ブルース・リーの、ジャッキー・チェンの後継者だよな。 内村光良ではないと思うwwww

そして本作が良いのは「名もなき人たちの物語」である点だ。見た目はフツーのおじちゃんやおばちゃんなのだが 実はカンフーの達人というかスーパーマンだったという、まさに

裏アベンジャーズ

なのであるwwww

それとチャウ・シンチーの映画には、映画への愛が溢れている。というか

映画への愛しかないw

例えば その愛はブルース・リーやマトリックスだけではなく、フレッド・アステアとジンジャー・ロジャースにも向けられていたりする。

そういえば キューブリックの『シャイニング』へのオマージュもあったなー。まさかこんなところで先日観た『ROOM237』に繋がるとは…w

ちょっと面白かったので、他のチャウ・シンチー作品も観てみよーっと☆

それにしても、火雲邪神役のおっさん(ブルース・リャン)は 近藤正臣にしか見えなかったなーwwww


★★★★☆

 

ROOM237

ロドニー・アッシャー監督の『ROOM237』を渋谷シネクイントにて観賞。

本作はモダンホラーの傑作、スタンリー・キューブリック監督の『シャイニング』を勝手に解体・解釈しちゃおうという遺族非公認の「第1回シャイニング都市伝説発表大会」であるw

それではまずここで数あるシャイニングネタのひとつを参考までにちょこっと明かしてしまおう。

そもそも『ROOM237』というタイトルは何なのか?

それは『シャイニング』の中に出てくるオーバールックホテルの幽霊が出てくる一室のルームナンバーなのだが、そもそもスティーブン・キングによる原作では217号室だったのだが、ロケで使用した実在のホテルには217号室があるため、客が怖がるといけないという理由から237号室に変更したというのがファンの間では定説になっていたのだが、実はそもそもそのホテルには217号室は存在していなかったという事がわかり、では何故 237号室に変える必要があったのか…というのがタイトル『ROOM237』の由来であり、本作ではその後 独自の「237(という数字)論」が展開されるというわけなのだが、それ以外にも興味深い「トンデモ『シャイニング』ネタ」が連発されるので、それは是非とも本編で確認して頂きたい。

もちろんこうした検証ドキュメンタリーができるのも「死人に口なし」であるからというのもあるが、自称・キューブリックマニアのオイラから見て 別に悪意のようなものを感じる事はなく、むしろキューブリック作品への偏愛を感じた。どちらかと言うと好意的な印象だ。ネットとかで見てみると キューブリックファンの間で本作は賛否が分かれているようだが、しかしまぁこれは冗談半分で見るのが正しい見方であり、そんなに目くじらを立てて怒るもんでもないかなと思ったw これがオイラの率直な感想だ。そもそもこういう都市伝説とか下世話な解釈とか蘊蓄とか、なんだかんだいってオイラの大好物だからねw

とはいえ、例えばこの『ROOM237』をキューブリックの事を知らない、もしくは『シャイニング』を観た事がない若者とかが見て「あー、こういう意味があったんだー」と真剣に信じ込んでしまってミスリードしなければいいなという事を切に願うのであったw こうした検証はあくまでお遊びであり、映画のひとつの見方であり楽しみ方なのだから。

キューブリックファンや『シャイニング』好き、映画好きの方はもちろんの事、『シャイニング』を観た事がない人でも「あ、観てみたいな!!」と思わせるような内容になっておりますので必見の1本かと。

でもあんまり映画が好きじゃない人とかが見たら「なんだこれ!?」って思うかもしれないねw はっきり言って 非デートムービーです、ハイw


★★★☆☆


らんば☆らる、特攻!!(笑)

image
Photo by laspalmas1975
なまえ: らんば☆らる(Ramba Ral)

2013年12月21日 実戦投入(DJデビュー)。dj yangとDJ HISAのBack To Backによるアニソン・特ソン縛りDJユニット。ザクとは違う。いつも出番が遅いので、酔っていてグダグダなプレイである事が多々あり。

右: dj yang(でぃーじぇーやん) @karyang1973

とくちょう: クリィミーマミと堀江美都子をこよなく愛する らんば☆らるの女々しい担当。普段は昭和歌謡や渋谷系の曲を掛けていたりするインチキDJ。

ひっさつわざ: 『デリケートに好きして』(魔法の天使クリィミーマミ)、『キャンディ キャンディ』(キャンディ キャンディ)、『誰がために』(サイボーグ009)


左: DJ HISA(でぃーじぇーひさ) @high_sa

とくちょう: らんば☆らるでは 主に特撮ソング・ロボットアニメソング等、男気あふるるワンダバ担当。カットインの鬼。渡辺宙明イズムの継承者。

ひっさつわざ: 『レッドバロン』(スーパーロボット レッドバロン)、『強さは愛だ』(宇宙刑事シャリバン)、『M3 ワンダバ』(帰ってきたウルトラマン)


2014年は dj yangも もちろんの事ですが、らんば☆らるとしての活動も増やしていきたいと思っておりますので、イベント等でのアニソンDJのご用命がありましたら、ご一報くださいませw

活動情報は当ブログやTwitter等で随時お知らせ致します。なお ツイキャス配信もやっております。 

レイダース/失われたアーク《聖櫃》

ジョージ・ルーカスと話し合い、007シリーズのような世界を股に掛けるアクション映画と、ダグラス・フェアバンクス等に代表されるハリウッドサイレント映画時代の連続冒険活劇をモチーフとした作品をスティーヴン・スピルバーグは作り上げた。それがインディ・ジョーンズシリーズの記念すべき第1作目となる『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』だ('81年)。ちなみにスピルバーグが監督作品で続編を作っているのは意外と少なく、このインディ・ジョーンズシリーズ(計4作)とジュラシック・パークシリーズ(監督作は2作目まで)だけである。

もう何度も観ている大好きな作品なのだが、このスピルバーグ監督作品全31作を全て観るという企画で『激突!』なんかから順を追って ずーっと見続けていて初めて気がついた事があった!! それは…

『レイダース~』よりも初期の作品の方がスピルバーグらしくて面白かった

なとw

いや、これはこれでいいんですけど、こうして通して観ると やはり『レイダース~』は

ルーカス色が濃かったんだなぁ

とw

まぁハリウッドではプロデューサーの権限の方が強いですからねぇ。それとルーカスが所有する工房・ILM(Industrial Light & Magic)によるSFXの色も濃いせいか、何かそれまでのスピルバーグらしさが損なわれているような印象を受けた。

でもこれはきっと、モンキー・パンチの原作から『ルパン三世』を熱心に見ていたファンが、同じルパンでも『ルパン三世 カリオストロの城』を観て何か違和感を感じたりするのと同じ現象なんだろうなw

『レイダース~』から見始めた人からしたら、「ああ、こんなもんでしょ? スピルバーグって。音楽もジョン・ウィリアムズだし…」と思うのかもしれないが、あらためてスピルバーグ作品を順を追って見てきたオイラからすると 大きな違和感を感じざるを得なかった。良い意味でも、悪い意味でもw しかし人にとっては「宮崎ルパン」がその人にとってのルパン三世だったりするわけですしね。

撮影監督が ダグラス・スローカムに替わったというのも違和感の大きな理由なのかもしれない。ちなみにスローカムはその後、インディシリーズの3作目まで続けて撮影監督を務める事となる。まぁシリーズの映像に整合性を持たせるためというのもあるかと思うが。

とはいえ、オープニングからいきなり逆光とか、いつものトラックアップによる人物寄りとか、悪趣味なホラー映像(人間串刺しやヘビの大群、そしてクライマックスの顔面溶解破壊シーンetc.)、兵器マニアっぷり(スピルバーグはユダヤ人で この『レイダース~』でもナチスを仮想敵として揶揄しているわけだが、それでもドイツ軍の兵器が大好きでたまらないという、宮崎駿ばりの厄介っぷりw)など、スピルバーグを構成する要素はバッチリ盛り込まれている。


あと今回伝えておきたいのが、スピルバーグといえば今となっては「早撮りのスピルバーグ」として有名だが、 この『レイダース~』が そのきっかけとなった作品と言えるであろう。

それには前作『1941』の興行的失敗という教訓もあったと思われる。予算や日程をオーバーする事なく、作品の規模の割りには比較的低予算で済んだ『レイダース~』は全世界で大ヒットとなり、莫大な利益をもたらした。でもこれにはプロデューサーであるジョージ・ルーカスから「お前、予算をオーバーしようもんなら、監督は俺が代わりにやるからな」とハッパを掛けられていたという説も…w


そして『レイダース~』が後の作品に与えた影響も甚大だった。当時『Dr.スランプ』で鳥山明がパクリまくっていたもんね~w

その中でも特に有名なのがラストシーンのアークが納められた巨大倉庫のシーン。あのインパクトのあるシーンはいろんなところでパクられ波及していったが、実はあれにも元ネタがあるのをご存知だろうか。

それはオーソン・ウェルズの『市民ケーン』である。未見の方は是非とも一度ご覧あれ。


『レイダース~』を筆頭に、スピルバーグは80年代の映画界を席巻し、映画を再び一大娯楽として復興させる事に成功する。そして今まで『スターウォーズ』の準主役というだけで一部の映画ファンしか知らなかった主役のハリソン・フォード、そしてあの有名なテーマ曲(マーチ)によって作曲のジョン・ウィリアムズをもスターダムにのし上げた。これはまさしく「スピルバーグ・レジェンド」の始まりなのである。


★★★★☆ 

1941【レビュー後編】

※もし読んでなかったら、【レビュー前編】もヨロシクです☆w


スピルバーグの話をしていたつもりがキューブリックと宮崎駿の話になって長くなってしまったので(笑)、ここからは ちゃんと『1941』のレビューやります!!w


まず本作のクレジットを見ると面白い事に気がつく。

脚本のクレジットには、ロバート・ゼメキスボブ・ゲイルの名前がある。

これはまさに あの『バック・トゥ・ザ・フューチャー』コンビ(脚本)ではないか!!(BTTFはスピルバーグ制作総指揮作品であり、そしてゼメキスの監督としての出世作でもある) 

そして原案のクレジットに『地獄の黙示録』のジョン・ミリアスの名が連なられているのも興味深い(彼は『ジョーズ』の時も脚本のリライトを一部手伝っている)。


それと出演者もジョン・ベルーシ、ダン・エイクロイド、ジョン・キャンディ等の『サタデー・ナイト・ライブ』組や、元祖ドラキュラ役者のクリストファー・リー、前回お話ししました『博士の異常な愛情』のスリム・ピケンズ等、出ている人たちも なかなかの くせ者揃いなのだが、その中でも日本人にとっては馴染み深く、特に異彩を放っていたのが

三船敏郎先生

であるw

まぁ誰が見ても山本五十六なわけだが(笑)、本作に出演した経緯が実に面白い。

まずこの前に三船は あるSF映画のオファーを受けていた。

しかし その監督は当時まだ無名であり、「こんな子供っぽい映画になんか出られるか」と三船は そのオファーをにべもなくあっさりと断った。

そして その映画は後に世界的なヒットとなり大成功を収めた。

その作品とは ジョージ・ルーカス監督の『スター・ウォーズ』(’77年)であり、三船にオファーのあった役はオビ=ワン・ケノービだったのである(結局アレック・ギネスが演じた)。

三船は「しまった!!」と思った。まさかこんな映画だったとは…w

で、その直後に今度はスピルバーグからのオファーである。

当時『ジョーズ』と『未知との遭遇』の大ヒットで既に実績もあり、知名度もあったスピルバーグからの出演依頼に三船は二つ返事で了承したのだが

まさかあんなコメディで、しかも大コケするとは…(苦笑)。


しかも作中で日本人は「JAP」と揶揄されている(まぁ奇襲作戦は史実として実際にやった事なので、悪く言われても仕方がないのだがw)。しかし それを額面通りに受け取ってはいけない。あくまで本作はコメディであり、「JAP」と呼ばれるのもギャグのうちなのだ。それにスピルバーグは大の親日家であり、『男はつらいよ』寅さんファンクラブの会員でもあったのだからw

で、『1941』では日本人だけでなく 同軍の黒人兵も露骨に白人から酷い仕打ちを受ける。しかし黒人の顔はペンキで白く塗られ、白人はススだらけになり顔が真っ黒になってお互い笑い合うというシーンがある。

そして敵であるはずの日本軍とナチは ステレオタイプではありながらも 偏った描き方はされておらず、本作ではむしろ愛らしいコメディリリーフのような描き方をされている(もみの木に変装して本土上陸する日本兵たちはかなり可愛らしいので必見☆w)。

それと女の子と一緒にダンスを踊りたい一心の青年が慰問のダンスパーティーに潜り込むために軍服を盗むというシーンがあるが、それは「制服は権威(でしかない)」という事を意味している。

つまり揶揄されているのは、アメリカ人(軍)の方なのだ。

「みんなバカばっかだ!!」と嘆きながらも、映画館で『ダンボ』を観ながら泣いている司令官が まさにその代表格と言えようw

今見直すと そこそこ面白い『1941』が何故に当時興行的に大失敗をしたのか…それはこうした非愛国的な内容(といってもブラック・ユーモアなのですが)がアメリカ人にとっては面白くなったというか、むしろ腹立たしかったのかもしれないw

ちょっと出てきた時代が早すぎたのかなぁ?w まぁ、逆に愛国心丸出しで押しつけがましいオリバー・ストーンとか、ローランド・エメリッヒの映画の方が日本人(アメリカ人以外)にとってはつまらないけどね(苦笑)。


それとまるで日本の特撮映画のような 当時のハリウッドの街並みをかなりリアルに再現したミニチュアセットや、円谷英二のように吊りで飛ばしているのにもかかわらず 何故だかクルクルと旋回する戦闘機の描写(合成ならまだしも、あれだけは今見てもどうやって撮ったのだかよくわからないw)など 『1941』には見返す要素がいっぱいあるので、今こそ再見・再評価の価値があるかと。

そして あのスピルバーグでも失敗をし、それをバネにして今日があるという事を忘れてはならないw


で、最後に映画の豆知識を。本作では砂埃で真っ白になったサイドカーに乗った伝達兵が出てくるが、あの役を演じたのはジョン・ランディス監督である(ほとんど顔は見えずw)。

そしてスピルバーグは後にジョン・ランディス監督の『ブルースブラザーズ』で サンドイッチを食べている納税課の職員の役でカメオ出演しているw

まるで返歌のような関係…持ちつ持たれつなんですね、映画の世界ってw


★★★★☆ 

1941【レビュー前編】

スピルバーグ、最初で最後のコメディ監督作品(’79年)。

『ジョーズ』そして『未知との遭遇』と世界的なメガヒットを飛ばして一躍ヒットメーカーとなったスピさんが満を持して放った新作は、真珠湾攻撃直後のカリフォルニアを舞台にした「戦争を揶揄したコメディ」だった。

しかし これが興行的には大失敗に終わり、これ以降スピルバーグは監督作でコメディを撮る事はなくなり、作りたいと思った時は 他の監督に譲り「製作総指揮」という立場をとるようになる。 つまりスピルバーグは本作の失敗で「あー、俺ってコメディの才能がないんだなー」と気がついたのである(苦笑)。


で、25年ぶりぐらいに本作を再見して気がついたのは、まず

思っていたよりはずっと面白かった

という事w 

オイラも『1941』は大して面白くなかったという印象があった。だが、大人になって今一度こうして見返してみると

つまらないという事が1周して、もはや面白くなってしまっている

のだ!!(苦笑)

そして 今回見直した事で、このように「戦争を揶揄したコメディ」で 興行的に大失敗をしてしまった作品が他にもう1本ある事に気がついたのであった。それは…

スタンリー・キューブリック監督の『博士の異常な愛情』だ。

実は本作には『博士の~』での「水爆ロデオ」で一躍有名になったスリム・ピケンズが出演している。
 
 
あと本作が失敗した大きな原因のひとつに

(スピルバーグなのに)やたらと下ネタが多い

というのも挙げられる(しかも結構露骨で下品な)w

実はこれも『博士の~』へのオマージュで、キューブリックは『博士の~』の中に性的なイメージを暗喩的に盛り込んでいる。

いやー、昔一度観た映画もこうして見返してみるもんですね!! だってこういう類似点は見直さないと気づかないものw

ちなみに他にも『プライベート・ライアン』や『ミュンヘン』なんかを観ていると『博士の異常な愛情』にそっくりなカット(オマージュ)があるので、探してみるのも一考かと。


それと今回、もうひとつ気がついた 他作品との類似点も挙げておこう。

スピルバーグと同じように世界中にファンを持つ映画監督で、戦争を批判しながらも 実は戦車や戦闘機等の兵器や戦場での体験談等が三度の飯より大好き…という人物が我が国日本にもいたではないか。

そう、宮崎駿監督であるw

この『1941』は もちろんの事、後に作られる『シンドラーのリスト』や『プライベート・ライアン』等を観ているとわかるのだが、スピルバーグの兵器に対する造形の深さは尋常ではない。

映画好きの戦争・兵器マニアというのは、新作の戦争映画があると必ず劇場まで観に行って「兵器の時代考証等が間違っていないかどうか」というのをまず確認するという 意地悪いあら探しをするものなのだw

しかし、スピルバーグは毎回そうした兵器オタクが舌を巻くほどのマニアっぷりでそれに応えるw

戦争反対の立場をとりながらも、人殺しのための道具への異常なまでの偏愛…そんなところが宮崎駿にそっくりだ。

で、一説によると『1941』を観たスタンリー・キューブリックはスピルバーグに「これはコメディではなく、ドラマとして作った方がいいのでは」と助言したらしい。

そしてこうした反省を踏まえた上で作られたのが『太陽の帝国』であり『シンドラーのリスト』であり『プライベート・ライアン』のような、山田洋次でいうところの『男はつらいよ』に対しての『学校』シリーズみたいな(笑)「シリアス路線」である。 

これは自らの兵器好きに落とし前をつけるべく作られた「遺作」となる宮崎駿監督の『風立ちぬ』にまんま符合するではないかw


あ、キューブリックと宮崎駿の話をしただけで こんなに文字を割いてしまった!!(苦笑)

なので 次回こそは『1941』のちゃんとしたレビューを載せます、ハイw


後編につづく】 

未知との遭遇

スティーヴン・スピルバーグ監督作品『未知との遭遇』を数年ぶりに観賞。

前回『ジョーズ』の回で「『ジョーズ』は『ゼロ・グラビティ』に限りなく近い」という話をしたが、この『未知との遭遇』は今までにない 映画館での未曾有の経験という意味で『ゼロ・グラビティ』と非常に共通している。3Dではないが、まさに劇場体感型ムービーの元祖とは言えないだろうか。それまで誰もが実際にも映画の上でも「宇宙人と出会う」という体験をした事がなかったのだから。

で、本作は 『激突!』や『ジョーズ』同様に「見せない演出」でクライマックスまでテンションを落とさない事に徹して作られている。

そして 家具などが突然動き出すポルターガイスト的演出や、神隠し的要素、スピルバーグ同様 コドモオトナな主人公(リチャード・ドレイファス)の精神崩壊など、今まで通りホラー映画的な手法も多分に盛り込んでおり、スピルバーグ演出の本筋は外していない。

それとズームレンズを使わずにトラックアップ(カメラ自体がドリーで移動して寄っていく)して 時にはグンと、時には気づかないぐらいのゆっくりとしたスピードで人物(の内面に)まで擦り寄っていく、スピルバーグの映画文法ではよく使われるカメラワークも健在で、おそらくこの頃に確立されたものだと思われる。

あとこれもスピルバーグ作品の特徴でもあるが「逆光は有効」理論を多用する事で謎めいた地球外生物との「第三種接近遭遇(『未知との遭遇』の原題『Close Encounters of the Third Kind』の日本語訳)」を巧みに見せている。まさに『ジョーズ』等と同様「よく見えない方が(想像力をかき立てられて)効果的」という好例だ。

そんなドキュメンタリー的な超絶撮影を手掛けたのが『続・激突! カージャック』でもタッグを組んだヴィルモス・ジグモンドであり、共同撮影監督としてラズロ・コヴァックスも名を連ねている。この両者はまさにアメリカン・ニューシネマを牽引した、20世紀を代表する名キャメラマンである(ちなみにSFXパートの制作・撮影は名匠 ダグラス・トランブルである)。

あと最後に記しておきたいのが、本作の編集をしたマイケル・カーンについて。彼はこの『未知との遭遇』で初めてスピルバーグと組んだのだが、それ以降ほとんどのスピルバーグ監督作品で編集を手掛けている まさに「スピルバーグの右腕」だ。彼はもう80近いのだが、デジタル撮影を拒み いまだにフィルムで撮り続けているスピルバーグの編集をムヴィオラ等を用いて今も手作業で編集をしている。ノンリニア編集さえしていないらしいというから、まさにオール・アナログである。 


で、今観ても不思議なのは「どうやったら こんな宇宙人との遭遇の過程を描く事ができたのか?」という事なのだが、それはもう「いや、実はスピルバーグは本当に宇宙人と会っていまして…」という事でしか説明がつかないというのが、今では笑い話レベルであるw

しかし それ以上に謎なのは、あれだけSF映画に対して批判的な態度をとっていたフランソワ・トリュフォー監督が、何故に この『未知との遭遇』に役者として出演したのか…むしろこちらの方が、本作最大の謎かw


★★★★★

ジョーズ

お待たせしました!!

去年から展開しておりました「スティーヴン・スピルバーグ監督作品全31作品を観る」というプロジェクト、長らくお休みしていましたが、2014年になりまして いよいよ再開です。

で、今回ご紹介するのは 全世界で大ヒットを記録したスピルバーグの出世作『ジョーズ』('75年)です。


まぁひとことで言ってしまえば「白昼のホラー映画」であるw

この映画の40%くらいは、あの有名なジョン・ウィリアムズのテーマ曲によって構成されていると言っても過言ではない程 その功績は大きく、効果的な役割を果たしている。



映画としてはヒッチコックの『鳥』のサメバージョンなんだけど、音楽は『サイコ』(バーナード・ハーマン)みたいな、そんな感じw

しかし もう既に35年以上の時を経ているというのに、今観ても『ジョーズ』は なかなかよくできている。このオーバークオリティこそが 後の「スピルバーグ伝説」の始まりとも言えよう。

やはりビル・バトラーによる移動撮影や海上での手持ち撮影、逆光を利用した撮影等の素晴らしさも大きく貢献していると思うのだが、その後のスピルバーグ作品に共通して見られる「時代を超越した映像」は この頃に既に確立されたのだと思う。

『未知との遭遇』にせよ『E.T.』にせよ、その当時の現代劇であるのに 今観ても その時代の古くささを感じさせないのは、ある種の通俗性というか世代を超えたノーマン・ロックウェルの絵にも通ずる古き良きアメリカの原風景のようなものがスピルバーグの映像にはあるのだと思う。


で、後のスピルバーグ作品によく出てくるパターンなのだが、もうひとつの本作の見どころは

結構容赦ない残酷描写

であるw

前半はビーチを一瞬のうちにして惨劇の舞台へと変える「見えない(見せない)演出」でサメの恐ろしさを増幅させ、途中でその恐怖を可視化した形で見せるのが犠牲者の肢体である。

始めはサメの学術書に掲載されているサメに食いちぎられた肢体を写真で見せておいて、その後 海洋学者(リチャード・ドレイファス)がプロファイリングするシーンで 最初の犠牲者の腕を見せ、それから海中に沈んだ水死体をホラー映画の手法でバッと見せ、ラストの漁師(ロバート・ショウ)の下半身がガバッと飲み込まれてしまう衝撃のシーンに繋がっていく。

まぁはっきり言ってしまうと悪趣味なのだが(苦笑)、スピルバーグはこういった手法を後の作品でも かなり多用している。

おそらくスピルバーグ本人はそういったホラー映画(的手法)が大好きなのだろうが、この『ジョーズ』以降 ファミリー向けの超娯楽ヒット大作を量産している彼にとってホラー映画を撮るという事は自らのキャリアを傷つけかねない。なので自作の中で こうしてホラー的な要素をしれっと盛り込むのであるw

代表的なのは『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』の顔が溶けるシーンとか、『プライベート・ライアン』や『ミュンヘン』でご披露した容赦ない人体破壊描写、それと監督作品ではないが製作を手掛けた『ポルターガイスト』(トビー・フーパー監督)でもやはり顔の皮や肉がドロドロと崩れ落ちる えげつないシーンを挿入している(ちなみにその役を特殊メイクで演じたのはスピルバーグ自身だ)。


個人的に好きなシーンは 警察署長(ロイ・シャイダー)が家で頭を抱えて沈痛な面持ちでいると、子供がそれをジェスチャーで真似て心が和むという、後のスピルバーグ作品で一貫して描かれる「家族のいる風景」の原点とも言える名シーンだ。


そういえば先日劇場で『ゼロ・グラビティ』を観たのだけれども、あれこそが現代の『ジョーズ』だよな!!w

共に海・宇宙という未知の驚異を描き、そして身近に潜むサスペンス・ホラーの要素という点においても。

こいつも3Dだったら もっと面白かったな!!…と言おうとして よくよく思い返したら、『ジョーズ3』(スピルバーグは製作にはノータッチ)は当時3D映画だった事を思い出したwwww


★★★★☆ 
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