かーやん☆ブログ

稀代のポンコツDJ

2019年01月

オール・ユー・ニード・イズ・キル

BSプレミアムでトム・クルーズ主演映画『オール・ユー・ニード・イズ・キル』をたまたま鑑賞。

ナニコレ!? めっちゃおもしろいやんっ!!w
日本のライトノベルが原作と聞いて嬉しくなってしまった。日本人がハリウッドに勝った瞬間を見たようだったよ。すごいよ、日本人!!w

この「繰り返される夢」タイムリープという題材は 押井守の『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』や細田守の『時をかける少女』等でも用いられている そもそも日本人が大好きなモチーフだ。なので我々はこうした話・展開に対してあまり違和感なくスッと入れるのだが、向こうの人たちはどうなんだろ? とにかくガチャガチャと目まぐるしい映画だったからなぁ〜w
やはり「夢と映画」とは どちらも作り物であり絵空事なので非常に相性が良い。始めは気弱な主人公が夢の中で延々と繰り返される戦いの中でスキルを上げ 成長していく様は映画的カタルシスがあって それだけでもう面白い。
主人公と観客だけが知っている事実、主人公だけが知り得る真実、そこに絡んでくるもう一人の謎を知るヒロイン…と、多重構造のストーリーが推進力となり観る者を飽きさせない作りになっている。

とにかく一秒たりとも見逃せない展開なので、途中でトイレに行けずに困ったwwww しかし観ているだけでグッタリしてしまう映画というのも困りものである。あー、つかれた!!w

★★★★☆

男はつらいよ 寅次郎夢枕

『男はつらいよ 寅次郎夢枕』観了。

なんかまた暗めの話に戻ってしまった、正月映画だというのに(苦笑)。これを「山田洋次 負の正月ループ」と呼称する事とするwwww
せっかく幼なじみのお千代さん(八千草薫)とうまくいきそうだったのにぃ〜!!w そして10作目にして早くも恋のキューピッドとしての役回りを担う事となる寅次郎なのだが、結局 大学助教授役の米倉斉加年とうまくいったかどうか、その後の展開も描かれずブッツリと終了(苦笑)。寅さんも観る側もなんとも煮え切らない回となったw

しかしこれは寅さんがふられたのではなく「ふった」形になっている。相手の幸せを願うからこそオイラのような渡世人と一緒になっちゃならねぇよ…ってなわけだが、これが一度成立してしまうと48作目までずーっと負のループに入ってしまう(苦笑)。でもこれこそが寅次郎の、そして山田洋次の「愛(男の優しさ・弱さ)についての考察」なんだよなぁ〜w

子供の頃は対岸の大人の物語として見ていた『男はつらいよ』もこうして見返すと、今の自分の切実な問題として置き換えて見る事ができる(ちなみにこの頃の渥美清は今のかーやんとほぼ同い歳だ)。
うーん、せつないなぁ〜wwww

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で、このレビューを書いていて ふと気がついた。

この愛する女性の本当の幸せを願って男が身を引くという展開は、スティーヴン・スピルバーグ監督の『カラーパープル』と一緒ではないかと。

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それもそのはず、親日派のスピルバーグは寅さんの大ファンで、なんと『男はつらいよ』ファンクラブの会員でもあった程だw

そして娯楽作と文芸色の強い作品を交互に作るという芸風もスピルバーグと山田洋次の類似点でもある。

男はつらいよ→学校→男はつらいよ→学校Ⅱ

ジュラシック・パーク→シンドラーのリスト→宇宙戦争→ミュンヘン

…みたいなw

これを指摘している人って意外と少ないんじゃないかなぁ? これからもスピルバーグ&山田洋次研究を推し進めなければ!!w

★★★☆☆

男はつらいよ 柴又慕情

『男はつらいよ 柴又慕情』観了。

なんといっても脚本が秀逸。女3人のバチェロレッテ・ジャーニーと全国を独りでさすらう同じくチョンガーの寅次郎との対比が実に巧い。内容も前作よりもコメディ色が強くなっている。なにせ前作『寅次郎恋歌』は博の母の死の話でお正月映画なのに とにかく暗かったからなぁ(苦笑)。焼きナスを食べながら悶絶する前田吟の演技は必見wwww

で、本作のマドンナは吉永小百合。とにかく可愛い!!w そして掛け値無しに演技が巧い。撮影時はおそらく26〜7歳だと思われるが、この時 渥美清は44歳。昭和47年当時としてはいささか歳の離れたマドンナだが、それだけ当時 吉永小百合の人気があった証拠だ(ちなみに同役で13作目にも再登板している)。

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★★★★★

殺しの序曲

刑事コロンボ『殺しの序曲』観了。

コロンボと高いIQを持つ犯人とのクイズ合戦が今回の見どころ。
もちろんコロンボは知能指数が高い犯人のクイズだけでなくその巧妙な犯罪トリックも暴くわけだが、つまりそれは犯人のIQをコロンボが超えたという事に他ならない。コロンボを前に完全犯罪は存在しない。もはや敵無しなのである。
しかしそんなストーリーを作った脚本家の方がスゴイよな!!w IQいくつなんだ!?wwww

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★★★☆☆

殺人処方箋

刑事コロンボ『殺人処方箋』観了。記念すべき第1回目放映。

えー、マジかっ!! 初回でこのハイクオリティかよ!! ロールシャッハテストのオープニングや視聴者をハラハラドキドキさせるヒッチコックタッチの演出は見事なもの。犯人役の若山弦蔵の吹替も良い。しかし簡単に落とせるであろう愛人から執拗に責めていくコロンボは相当なドSとみたw 切れ者の精神科医とコロンボとの頭脳戦は見応え充分。頭髪も整い小綺麗な、今のイメージと異なる初期コロンボも見どころかとw

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★★★★★

秒読みの殺人

刑事コロンボ『秒読みの殺人』観了。

フィルムのロールチェンジ(キューパンチ)や テレビのスイッチャーの話など映像業界の裏側も見られて面白い1本。
殺人のトリックもどんどん複雑で巧妙になっていくが、返す刀でコロンボも執拗に食らいつき真相を暴いていく。
コロンボを前に完全犯罪は有り得ないのか…そう思うと一番敵にまわしたくない奴だなと思ったw

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★★★★☆

『いだてん』に見る映画的考察

現在放送中のNHK大河ドラマ『いだてん ~東京オリムピック噺』では 映画的なクリシェが嫌味にならぬ程度にさりげなく使われている。

例えば「旅立ちと別れのシーン」では「駅・汽車」が効果的に出てくる。

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これは同じく宮藤官九郎 脚本による朝の連ドラ『あまちゃん』でも使われていたが、映画でいえば デヴィッド・リーン監督の『旅情』や 小津安二郎監督の『浮き雲』等、頻出されるシチュエーションだ。大きな物(汽車・事象)によって大切な物(故郷・家族・恋人等)から物理的に遠くへ引き離される…という非常にわかりやすいシンボルなのである。これはクドカンが宮城出身で上京してきているという影響も大きいのかと。

そして金栗四三(中村勘九郎)と幼なじみ・スヤ(綾瀬はるか)の「出会いと再会の場所」として「橋」が機能しているのも見落とせない。

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岸恵子・佐田啓二主演の『君の名は』や レオス・カラックス監督の『ポンヌフの恋人』等、映画において「男と女を繋ぐアイテム」として橋も印象的に使われる事が多い。
押井守監督の『機動警察パトレイバー2 the movie』では 物理的な爆発によって橋が破壊される事で、対岸(テロ首謀者と警察官)にいる男(柘植行人)と女(南雲しのぶ)を繋ぐ物の「断絶」を示唆している。

映画やドラマを見る時にこうした「駅」や「橋」が出てくる意味を考えながら観るとまた別の面白さが見えてくるかもしれない。ただこうした映画の見方は2度目に観る時の方がいいだろう。初見でそんな事をいちいち考えながら観ていたらストーリーに没入できないだろうから(笑)。
それと今ここで述べた事は あくまで映画のもうひとつの楽しみ方であり「雑学」である事をお忘れなく。

安室奈美恵論

NHK『平成史スクープドキュメント』安室奈美恵 最後の告白を見た。

よく「時代と寝た」という表現をされる事がある。安室奈美恵もある意味、平成という時代と寝て その役目を自ら締めた人という側面もあったと思うが、僕が思うに安室奈美恵とは

同世代と添い寝をしたアーティスト

だったのではなかろうか。

激動の30年間で頂点を極め、同時に苦悩や挫折も味わった。その間、人生の起伏を味わったのは何も安室奈美恵だけではない。同じ時間を一緒に過ごしてきた同世代のファンたちもそれは同じ事なのだ(だからこそ昨年『SUNNY 強い気持ち・強い愛』のような映画が作られ、共感を呼びヒットしたのだと思うのだが)。

プロとしての努力研鑽は惜しまなかったとは思うが、決して特別な、非凡な存在ではなかったカリスマ…普通だったからこそやめられた…今振り返って安室奈美恵とはそんな存在だったような気がする。
それでも アイルトン・セナやイチロー等も抱える「頂点を極めし者の苦悩」がそこにはあり、それでも走り続けた事をちゃんとわかってくれたファンがいたからこそ ここまで続けられたのだと思う。

そしてめったにMCをしない彼女の、最後の東京ドーム公演でのファンへのメッセージが全てを物語っているような気がした。

「いち音楽ファンとして、皆さんの素晴らしい毎日の中に、素晴らしい音楽が常にあふれているよう、心からそう願っています。これからもステキな音楽にたくさんたくさん、ぜひ出会って下さい」

私は音楽をやめる、そしてその事に後悔はないけれども、自分の音楽を愛してくれたみんなには これからも音楽を愛し続けてほしい…芸能界を夢見て14歳でアイドルとしてデビューし、平成という時代を駆け抜けたひとりの女性としての言葉だったのだと思い、そう受け止めた。

美空ひばりが亡くなって終えた昭和、そして安室奈美恵がガラスの靴を脱いで終えようとしている平成…そんな濃縮された30年が今 幕を閉じようととしている。


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原題至上主義にもの申す

今回は映画の邦題の話。原題よりも優れた邦題はいくつでも挙げられる。

オードリー・ヘップバーンの『おしゃれ泥棒』などいい例だ。
原題は『How to Steal a Million』つまり「100万ドルの盗み方教えます」…これはこれでおしゃれなタイトルなのだが、このおしゃれ感をそのままタイトルに落とし込んだ。

『俺たちに明日はない』の原題は『Bonnie and Clyde』。稀代の銀行強盗 ボニー・パーカーとクライド・バロウの有名な実話なので向こうではそのままで充分通じるが、これが日本で「ボニー・アンド・クライド」ではピンと来ない。
俺たちに明日はないとは まさしく衝撃的なラストを暗示するものになっているので しっくり来るタイトルだ。

ちなみに『ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ! 』(A Hard Day’s Night)や『史上最大の作戦』(The Longest Day)、『007 危機一発』(From Russia with Love)等は 映画評論家・水野晴郎がユナイト映画宣伝部在籍時に考案したものとされている(あえて危機一髪にしなかったところがミソ)。

それと邦題にしなくてよかった例もある。
ケビン・コスナー主演の『フィールド・オブ・ドリームス』は 日本での試写会時には邦題がついていた。それが

『とうもろこし畑のキャッチボール』

である(苦笑)。もしこのまま公開されていたら あんなにヒットしていなかったであろうw

それとヒットを狙ったあざとい邦題もある。
シガニー・ウィーバーが動物学者を演じた『愛は霧のかなたに』がそうだ。原題はなんと『Gorillas in the Mist』つまり「ゴリラは霧のかなたに」だ(笑)。まぁこれじゃ客は入らないわなw
『愛と青春の旅だち』『愛と哀しみのボレロ』『愛と哀しみの果て』『愛と喝采の日々』『愛と追憶の日々』等々…一時期「愛と」をつけときゃあ とりあえずオッケーみたいな風潮があったのも事実だ。あまりにも安直すぎると思うのだが(苦笑)。
しかし『愛と青春の旅だち』が原題の「士官と紳士」(An Officer and a Gentleman)だったら なんかパッとしないしねw

とにかく今後の日本の映画配給会社の努力に期待します。僕はオリジナル至上主義(原題・日本語字幕)には懐疑的な立場なんで。あんま手を抜くなよw

ダークベア翔美は棚橋弘至の夢を見るのか

TBSでOAされた『さんま・玉緒のお年玉 あんたの夢をかなえたろかスペシャル』のトリを飾った「夢」が強烈だった。

ひとり1通までと言っているのに 叶えてほしい夢のメールをなんと84通も送ってきた猛者がいた(笑)。彼女の名は 江森翔美。
彼女は新日本プロレスのエース・棚橋弘至選手の大ファンで、彼と試合をして3カウントを取られたいという夢を打ち明けた。
で、その夢が採用されてスタジオに組まれたリング上で棚橋と一戦を交える…という内容なのだが、そこで驚かれたのは いざ試合が始まったら彼女はマジなのだ。3カウント取られるという事は「負けるための試合」に挑んでいるにも関わらず、棚橋と真剣に対峙し「ダークベア翔美」というリングネームできっちりと役(しかもヒール)まで作り込んできたのである。棚橋を愛し過ぎるが故「悪」に徹したのだ。
そして棚橋にフォールされ レフリーの3カウントを迎えた瞬間の彼女の恍惚とした顔は充実感に満ちていた。

これが番組の概要なのだが、そこで僕は何を言いたいのかというと、では「彼女の夢とは一体何だったのか」という事だ。
いちファンの思い出づくりとして棚橋と会いたかったからなのか…いや、そうではない。僕が思うに

棚橋弘至の夢を叶える事が 彼女の夢でもあった

のだ。そのために彼女は自らリングに上がった。彼女は棚橋と「同じ風景を見たかった」のだ。
棚橋はエースとして、新日を再建し新たなファンを獲得して試合会場に観客を呼び戻した いわば新たなプロレスブームの立役者のひとりだ。
彼は身をもって常にリングの上でその答えを出してきたし、その事はちゃんとファンたちも理解している。
だからこそ彼女はミーハーな気持ちを抑えて真剣に取り組み 同じリングに上がり、棚橋が示してきたのと同じように身をもってそれを体現しようとしていたのではなかろうか。プロレスは凄いんです、面白いんです、楽しいんです、最強なんです、そして「愛してまーす!!」という事をテレビを通して伝えるために(他局だけどw)。
そんな真摯な態度で臨んだからか、ツイッター等を見ていても彼女の夢に対して批判的な事を言っている棚橋ファンの女子からの声は一切聞かれなかった。

これを見ていて僕はたかが20分程のバラエティ特番のワンコーナーに映画『ボヘミアン・ラプソディ』のような壮大なドラマを感じ取ってしまった(←またソレかよw)。まだ今年が始まって間もないが、この2019年の棚橋弘至とダークベア翔美との試合は「世紀の一戦」として後世まで名を残すであろう(←ホントかよw)。

ちなみに本戦はタッグマッチだったのだが、ダークベア翔美のタッグパートナーが永田裕志であったという事に大きな意味があったと僕は勝手に解釈している(笑)。
永田裕志といえば、青義軍からきた「ブルージャスティス」というニックネームで有名だ。
ダークベア翔美こと 江森翔美はリングの上で

「自分の正義(夢)」を貫きたかった

のではなかろうか。

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