いやー 面白かったね、去年の紅白。

今回のポイントは そこに「文脈」があったという点ではなかろうか。まず…


松田聖子、昭和のヒット曲をメドレーで→まずは『風立ちぬ』からスタート(前日12/30は大瀧詠一の命日)→そして『渚のバルコニー』も歌唱(呉田軽穂=松任谷由実へのバトン)

松任谷由実、他所からの中継…と、思わせておいて実は録画→なんとサプライズでNHKホールに登場、そして生歌唱(舞台上には大瀧詠一ファミリーが集結)

高音が出せない聖子ちゃん・ユーミン(昭和組)に成り代わり平成の歌姫・MISIAが超絶的なハイ&ロングトーンでリカバリー(『つつみ込むように…』は平成時代を代表する名曲だ。70年代にユーミンがニューミュージックで日本の音楽史を、80年代に松田聖子がアイドル史を塗り替えたように、20世紀末(98年)にあの1曲と宇多田ヒカル、aiko、椎名林檎等の台頭が日本の音楽史を変えたといっても過言ではないだろう)

そして特別枠でサザンオールスターズが35年ぶりの出演。大トリを飾る→そこで唄われた曲が元号・世紀をまたいだ名曲『希望の轍』(平成2年)と『勝手にシンドバッド』(昭和53年)→で、これまた特別枠で復活した北島三郎(元祖大トリ)を桑田佳祐がいじる(角田信之にしたように)→そこに盟友ユーミンが応戦(86〜87年 日テレ『Merry X’mas Show』の再来)


…というような、点と点が線で繋がっていく明快なドラマがそこにはあったのだ(どこまで計算されているのかは計り知れない。まぁ他にもSuchmosからサザンへの「茅ヶ崎バトン」など、突けばいくらでも挙げられるのだが)。
そして今回サザンオールスターズを紅白へ招聘するためにNHKは1年間掛けて三顧の礼を尽くした。『SONGS』に呼んだり特番を編成したりしてだ。そこまでに至る経緯もまた長い「文脈」なのである。


こうした読み取りやすい文脈があった事で、この2018年の紅白歌合戦は皆の記憶に残り、語り継がれていくような気がするのだ。
そう、それはいまだに85年のウェンブリー・スタジアムでのLIVE AIDが伝説として多くの人々に語り継がれているように。
つまり今年大ヒットして観た者の中に深く記憶された映画『ボヘミアン・ラプソディ』と今年の紅白は全くもって無関係というわけではないのだ(笑)。
これにはおそらくNHKの意地もあったと思われる。「うちらテレビマンだって映画より面白いものは作れる。しかも生放送(ライブ)で」という(郷ひろみのワンカメ演出も同じく去年大ヒットした映画『カメラを止めるな!』を意識したパロディである事は明白だ)。


例えば人々が記憶に残っているその年の出来事といえば「あの年に原爆が落ちて終戦になって」とか「あの年には震災があって」とか明るい話題が多くはない(阪神ファンにとっては「85年のタイガース」があるがw)。そんな中、このタイミングで大ヒットした『ボヘミアン・ラプソディ』と伝説的な平成最後の紅白があったという事で2018年という年が記憶されるのではなかろうかと。


実はこれにはインターネットも大きく関与している。ネットの登場により情報は多岐化・分散化されてテレビの力が一旦弱くなり掛けたが、それをひっくり返したのがSNSだ。バルスやコマンドー等の「祭り」がいい例だが、個々の情報(体験)が共有化される事によってテレビというマスがここに来て息を吹き返したのだ。昔は日常で共有できる大きなマスメディアがテレビ・ラジオ・映画ぐらいしかなかったので翌日学校や職場に行けばその話題で持ちきりになり、同じ時代や文化を共有していた。それがまたSNSで戻ってきたのだ。


平成最後の1年間・2018年はこうした形で人々の記憶に残る…ちょっと大袈裟な論かもしれないが、そんな風に思っているのは自分だけなのだろうか?

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