かーやん☆ブログ

稀代のポンコツDJ

2019年10月

BPM127FPM5

DJ karyangによるDJミックス通算32作目で、BPM127シリーズの第5弾となります

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『BPM127FPM5』

が完成しましたー!!

今回は選曲やグルーヴ感はもちろんの事ですが、特にストーリー的な流れもかなり意識してミックスしてみました。

FPM・田中知之、初めてのプロワークスとなる ビョークの『Hyperballad』のリミックス(クレジットはテイ・トウワになっているが、実際は田中さんがプログラミングを担当し、バックトラック以外は ほとんど彼が手掛けている)からスタートして、邦楽・80s・アイドルソング・J-RAP・K-POP・ラテン・クラシック etc…と 古今東西、様々な要素を盛り込んでみました。

まさにBPM127シリーズ、そしてFPMオマージュの集大成的なミックスになっています。
みなさんに聴いて頂き 楽しんでもらえれば幸いです。
  
 
『BPM127FPM5』DJ karyang (ダウンロードはこちらから)

『Hyperballad - Towa Tei Remix』Björk
『ラヴぃ』RIP SLYME, くるり
『STAY TUNE』Suchmos
『ナンダカンダ』藤井隆
『come again - JAXX DA FISHWORKS Remix』m-flo
『Girls Just Want to Have Fun (feat. Puffy AmiYumi)』Cyndi Lauper, PUFFY
『ダイヤモンドは傷つかない』東京パフォーマンスドール
『Feel Like dance - FPM EVERLUST Remix』globe
『Opportunities (Let's Make Lots Of Money)』Pet Shop Boys
『Right Here, Right Now』Giorgio Moroder, Kylie Minogue
『TT』TWICE
『You & I - Japanese Version / FPM Technorchestra Mix』IU
『The Great Journey』KIRINJI, RHYMESTER
『グッデイ・グッバイ - FPM MIX FOR NIGHTFLY』キリンジ
『ダンス・ファウンダー FPM Never Ever Mix』フィロソフィーのダンス
『WHATEVER - FPM's WINTER BOSSA』浜崎あゆみ
『fragile - fpm bitter sweet samba mix』Every Little Thing
『ボラーレ 〜Nel Blu, Dipinto Di Blu - FPM Remix』ケツメイシ
『ボヨン科ボヨヨン歌 〜愉快な大人達〜』GReeeeN, 2backka, ユナイトバス
『Spectacular feat. VERBAL』Fantastic Plastic Machine
『DAREMOSHIRANAI feat. 環ROY』FPM
『If You Do, I Do (威風堂々) feat. DJ YASA FROM "KIREEK"』FPM
 
 
そして今回もダウンロードをしなくても どこでも手軽に聴けるオンライン版(mixcloud)もご用意しておりますので、そちらも何卒宜しくお願いします。

キューブリック作品における「トイレ」の考察

キューブリック作品に通底するキーワードのひとつに「性的モチーフ」が挙げられると思うが、それと同じくらい頻出する場面がある事に気がついた。それは


「トイレ」


だ。


『シャイニング』には 表側からは見えない裏の(血に染められた)部屋として真っ赤なトイレットルームが出てくるし、『フルメタル・ジャケット』でゴーマー・パイルがハートマン教官を殺し 自害したのも、『博士の異常な愛情』でリッパー将軍が拳銃自殺を遂げたのもトイレだった。


おそらくキューブリックが描き続けたトイレとは「孤独の間」のイメージなのであろう。


人は生を授かり たったひとりで死んでいく。日常において誰にも見られず 孤独で居られ、己をさらけ出せる場所それこそがトイレなのだ。


で、ここでまたも映画『ジョーカー』の話なのだが()、この作品にも重要なポイントでトイレが何度か出てくる。


トイレとは通常ひとりきりの空間だが、複数名いる場合そこでなされる会話は外には漏れない「秘密の話」だ。


『ジョーカー』というとあからさまなスコセッシ・オマージュの方に目が行きがちだが、キューブリック作品との共通性も他にもいくつかあるので、そこに注視して観ても面白いかと思う。


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運び屋

クリント・イーストウッド監督・主演の映画『運び屋』観了。

これは悪銭身につかずとか 因果応報とか、そういう話ではない。
家族を蔑ろにしてきた見栄っ張りな老人にも、麻薬カルテルの売人にも、そして麻薬捜査官にも、生きていくためにやるべき事があり、日常や生活がある…それらを並列に描いた作品だ。

まぁ実話が元になっているので地味な話ではあるのだが、題材(脚本)が良ければ何でもやるし、この役は自分がやった方がいいと思えば 一度はやめた俳優業も復活するしね。イーストウッドは本当に映画を作る事が面白くて楽しくて仕方ないんだろうなと。それが画面からビシビシ伝わってくるから最後まで退屈せずに観られる。そして余計なシーンは大胆にバッサバッサと切ってテンポ良く見せているのもイーストウッド監督作の特徴だ。なので早撮り→多作でもあるのだが、彼が監督をやりながらも役者としてできるのは それだけイーストウッド組(スタッフ)のチームワークが鉄壁なんだろうなと。

以前『グラン・トリノ』評の時にも言ったけど、イーストウッドはもう黒澤・フェリーニ・ゴダールなんかと並べて語ってもいいと思うよ。アメリカ映画を代表する大巨匠と言っても過言ではないかと。

で、今回は多田野曜平の日本語吹替版で観たんだけれど、これも非常に良かった。まぁできれば老成した山田康雄の声で聞きたかったなぁっていうのもあるけれど。

★★★★☆

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【ネタバレ注意】『ジョーカー』夢想論 〜『ジョーカー』は傑作ではあるけれど、世紀の大傑作ではない理由〜

本日昭島のMOVIXで映画『ジョーカー』を再鑑賞(2度目)。


で、今回は「どこからどこまでがアーサー(ジョーカー)の夢想なのか」というテーマに絞って集中して観てみたのですがそれですごい事がわかった!!(これ以降はネタバレとなりますので、ご容赦の程を)

 

 

2度目を見始めた当初は


・精神病棟を出てピエロとして生計を立てながら母親と二人暮らしをしているっていうところ以外は全部アーサーの夢想と予想

・地下鉄で3人のエリートサラリーマンを殺したのはアーサーではなく、マスクをした別のジョーカーの可能性(アーサーは自分が殺ったと思い込んでいる)。

・アーサーが病室にいる母親を殺めたのも妄想。おそらくただの自然死を自分が殺したものと思い込んでいるだけ。

・同僚のクラウン仲間を殺したシーンは事実なのか妄想なのかはちょっと微妙。ただ妄想の可能性高し。

・そもそもアーサーはスタンドアップコメディアンではない。ネタ帳を持ったまま舞台に上がる芸人なんているものかなのでステージに上がっているのも、テレビに取り上げられ出演したのも全て夢想(あの舞台をビデオで録っていたっていうのもありえないかと)


と思っていた。


しかしラストシーンを見てその今まであれこれ考えていた自分(観客)の夢想は無駄なものだったとはっきりとわかった。


もしかすると、アーサーが精神病棟にいた(もしくは現在進行形)という事実以外は全て彼の夢想(夢オチ)なのではないかと思えてきたのだ。


そうすると捕らえられパトカーで護送される際に救出されたにも関わらず、オープニングにチラリと出てきた精神病棟にまたいるという件も納得がいくし、うまく円環している事になる。

ラストでは血の足跡を残しながらステップを踏んでいるが、あの思わせぶりなシーン(カウンセラーを殺したのではないかと思わせるような)も実はアーサーの夢想なのではと思えてきた。


その他にも「全てが夢想論」を決定づける事項はいくつかある。例えば


・一番わかりやすい夢想の例として、同じアパートメントに住むシングルマザーの黒人女性とのロマンスは実はアーサーの妄想でしたというネタばらしが挙げられるが、ひょっとするとアレは「この黒人女性とのロマンス以外は全て真実です」と観客をミスリードさせるためにわざと入れたシーンだったのではなかろうかと深読み。

・アーサーがトーマス・ウェインがいる『モダン・タイムス』のフルオケ付き上映会に容易に忍べ込めたというのも不自然(つまりこれも夢想)。それとゴッサムシティという架空の世界に、実在するチャップリンの映画が上映されているというのにも何か違和感を感じる(つまりこの上映会そのものがアーサーの夢想でもある)。
・最後ブルース・ウェインの両親を殺害したのは「別のジョーカー」だった。つまりこれは何を意味するのかというと「別にジョーカーはアーサーでなくてもいい」そして「これを観ているあなたもジョーカーになる可能性を含んでいるのだ」という事だ。

・それとメディアでは地下鉄殺害事件の犯人はピエロの「マスク」をした人物だと報道している。アーサーはマスクではなくメイクだ。つまりこれは前述と同じように


マスクさえ被れば(アーサーでなくても)誰でもジョーカーになれる

アーサーはジョーカーではない(自分こそがジョーカーであると夢想するただの「気狂いピエロ」)

ジョーカーはジャック・ニコルソンでもあり、ヒース・レジャーでもあり、ジャレッド・レトでもある(そしてホアキン・フェニックスでもある)

要は誰でもいい

という事は誰にでもジョーカーになり得るし、それはあなたなのかもしれないよ

つまり『ジョーカー』は「(アーサーによる)ジョーカー・ビギニング」の話ではない(ホアキン・フェニックス=ヒース・レジャーではない)


という事を示唆しているのではないのかというのが、二代目淀長(襲名予定)の見解だ。
 
 

そして以上が『ジョーカー』は傑作ではあるけれど、世紀の大傑作ではない理由なのである。


もしかするとこれだけ掘り甲斐があるだけでも充分に大傑作なのかもしれないが(笑)、夢オチなのだと思うと急に冷めてしまったいやー、奥深いよ『ジョーカー』は。
 
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ジョーカー

映画『ジョーカー』観了。

これを観て「アーサー(ジョーカー)は俺だ!!」と思えたボンクラも「自分の身の不幸をこうした形で解放するのは如何なものか」と不快に感じたリア充も どちらも不幸で、ある意味幸せ…そんな禅問答のようなというか、リトマス試験紙のような映画が『ジョーカー』だ。

予告を見た時から感じていたが、本作はマーティン・スコセッシ監督の『タクシードライバー』そして『キング・オブ・コメディ』へのオマージュに溢れている。というか、狂気に満ちたホアキン・フェニックスの顔つきが既に若き日のロバート・デ・ニーロであり、ハーベイ・カイテルのそれだ。ゴッサム・シティは完全に70年代のニューヨークのスラムそのものだし、細かい事を言えばクラウン(ピエロ)仲間が 『タクシードライバー』のトラビス(デ・ニーロ)の同僚のピーター・ボイルやノーマン・マットロック似であったり、ロバート・デ・ニーロの黒人女性好き(『タクシードライバー』でトラビスがナンパしたモギリ嬢も、実際の奥さんも前妻も黒人女性だ)がアーサーのキャラクターにも反映されていたりと『タクシードライバー』を100回ぐらい観た自分からしたら枚挙に暇がない。
それとスタンリー・キューブリック監督へのオマージュも感じられた。オープニングの80年代の一時期だけに使われたワーナーロゴの復活や『時計じかけのオレンジ』を彷彿とさせる暴力シーン等々。

本作はDCのバットマン・サーガを観ていなくとも楽しめるが、ゴッサム・シティとウェイン一家の事ぐらいを予備知識として入れておけば充分。むしろ『タクシードライバー』を鑑賞してから観に行く事をオススメする。

そして本作にはその元ネタとなったロバート・デ・ニーロ本人まで出演しているのだ。まぁ今の若い子にはわからないんだろうな、この胸熱感は。現に劇場で観ていた人たちの反応を見ていたらポカーンとしている人(特にDCシリーズとして期待してきた若者)が多かったし(苦笑)。

ダウナーな作品なので万人には薦めないが、質感の高い 間違いなく近年稀に見る傑作。
ただ劇伴は最近のハリウッド映画にありがちなもので個人的にはイマイチ。挿入曲のセンスはよかったのに、もったいなかったなw

★★★★☆ 
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