スティーヴン・スピルバーグ監督の代表作といっても過言ではないであろう、映画史上に残る大ヒット作。

『未知との遭遇』で「(観客が)体感」した「第三種接近遭遇」からまた一歩前進した宇宙人の存在を肯定する寓話なっているのが特徴的で、前作の『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』が意外とルーカス色が強かったのに対して、「Spielberg Is Comin' Back!!」といった感じの本来の作風に戻っているのも本作の特徴だ。

もちろん いつもの「見せない演出」も冒頭から健在なのであるw

出てくる大人たちの顔をできる限り見せないという演出は かなり徹底している。腰に携えた鍵だけで人物を説明して見せてしまう手法は なかなかのものだ。日本人が好むような「省略の美学」と言えよう。それに対してエリオット(ヘンリー・トーマス)の母親だけはちゃんと頭っから顔出しをしている。つまりこれはママが大人でありながらエリオット側に属している「子供の世界(ネバーランド)側の住人」である事を示唆しているわけで、非常にわかりやすい演出になっている。この「大人不在世界」は ご都合主義の日本のアニメでもよく使われている手法ですね。『けいおん!』なんかもしかりw

そして「見せない」という事でいったら、メインキャラであるE.T.の顔をとにかくギリギリまで見せない!!w

気になって計測してみたら映画が始まって、E.T.の顔がちゃんとしっかりと見えるまでに なんと30分程時間を掛けてけていた!!wwww

まぁ、それも いつものスピルバーグのパターンですよ。こんなして…

et

「逆光は勝利」(by 鳥坂先輩)の方程式に基づいてwwww

本作は後に「20周年記念特別版」としてリファインされ、最新のCGなども駆使してE.T.の表情等も豊かなものに改変されたのだが、公開当時は着ぐるみやマペットだけでやっており(カルロ・ランバルディによるデザイン)動きやリアリティの部分で荒さも目立ったので、こうして「見せない演出」によりカバーする必要性もあったというわけだ。


そして本作は多くの「映画愛」にも溢れている。

エリオットが学校の解剖実験の授業でカエルたちを全部逃がしてやるシーンでは、E.T.がテレビで見ていた ジョン・フォード監督の『静かなる男』とリンクさせたキスシーンを見せている。

で、このシーンは後にチャウ・シンチー監督の『カンフーハッスル』で引用され(こちらは『静かなる男』ではなく、フレッド・アステア&ジンジャー・ロジャースの『トップ・ハット』なのだが、ポージングはそっくりである)、その後チャウ・シンチーは『ミラクル7号』という、まさしく『E.T.』にオマージュを捧げた映画を撮っていたりする。 

それとE.T.がエリオットのジェスチャーを真似るシーンは まさに『ジョーズ』で署長(ロイ・シャイダー)の息子が父親の動作をものまねするシーンのセルフパロディになっている。

スピルバーグも作品数を重ねていく中で、こうした前作の引用をしたりと「映画の円環」を体現しているのだ。


それと最後に語っておきたいのは、『E.T.』が日本に与えた影響の話。

みなさん ご存知の通り、この『E.T.』は日本でも空前のヒットを記録した作品なわけだが(『タイタニック』そして『もののけ姫』に抜かれるまで日本の映画興行収益記録を保持していた)、公開当時の'82年の時点で 日本人にはまだ馴染みのなかった アメリカから来た文化がいくつかあったのをご存知だろうか?

それは

宅配ピザ(日本では’85年からドミノ・ピザが宅配をスタート)

であったり

テーブルトーク(日本で本格的ブームになるのは'83年頃から。後のドラクエ等RPGゲームの原型ともなる)

BMX(エリオットが乗っていたBMXは、実は日本製である。この空前のBMXブームが後のマウンテン・バイクブームにも繋がっていく)

M&M's(厳密に言うと作中に出てくるチョコレートはハーシーズのものである。そもそもM&M'sのチョコを使う予定だったらしいのだが、使用許可が取れず。しかし『E.T.』の世界的ヒットでハーシーズのチョコはバカ売れ。後にスピルバーグからのオファーを断ったM&M'sの責任者は解雇されたという逸話もw ちなみに日本で知名度が上がりM&M'sが売れ始めたのは'87年頃から)

それと

ハロウィン(公開当時、この仮装パーティーのようなお祭りが何を意味しているのか 理解できている日本人は少なかった。このハロウィンという文化をクリスマスのように日本の行事にまで高めた立役者は、'97年からパレードを始めた東京ディズニーランドだ)

であったりするわけだ。

こうして並べてみても『E.T.』という作品は まさに80年代のアメリカン・カルチャーそのものといった感じがする。

以前にも この場で語ったが、まるでノーマン・ロックウェルの絵の世界のように「アメリカの原風景」80年代版が、ここにはある。これが本作が風化せず、いまだに愛され続けマスターピースとなっている理由でもあるのだ。これは撮影監督(アレン・ダヴィオー)の功績も大きいと思うけれど。


実は今回 2~3年ぶりに『E.T.』を見直したのだが、ラストシーンはわかっていてもやはりまた泣いてしまった。

エリオットはE.T.との別れを通じて、別居してしまった父親との離別をも受け入れるという構造になっていて、なんとも胸を打たれる(これはスピルバーグ自身が幼い頃に両親の離婚を経験しているという事が反映されていると思われる)。

これをもってスピルバーグは晴れて正統なるウォルト・ディズニーの後継者となったと言えよう。

そして彼自身も本作を超える作品を作るのは なかなか難しいと悟ったのか、以後少しずつ芸風を変えつつ今に至っているというわけだw


★★★★★