かーやん☆ブログ

僕は選曲家でも音楽係でもありません。DJです。

2023年01月

ミニオンズ フィーバー


映画『ミニオンズ フィーバー』観了。

コロナ禍で公開が伸びに伸びて2年も待ったの。
でもその間に流れたティザーを見て なんか嫌な予感がしていた。「今回はつまんなそうだな」と(苦笑)。

そして大好きな大好きなミニオンズなのに結局劇場で観ないまま今に至った訳なのだが、こうして実際に観てみたら…やっぱクッソ映画だったw スピンオフなのに ボブ、ケビン、スチュアートの活躍も少なかったし。

うーん、なんか子供っぽいというか(いや、そもそもお子ちゃま向けのアニメなのだがw)、MCUとアンパンマンがくっついたみたいな映画に仕上がっていて(笑)、なんだかガッカリ💧 前作『ミニオンズ』では60sのスウィンギング・ロンドンを、そして『怪盗グルーのミニオン大脱走』では80sネタをやっちゃったから、残るは70sマナーでディスコ&カンフーっていうのはわかるんだけどさぁ…なんかねー、予想通り心に刺さらなかったなー。

でも大好きなボブが可愛かったから許すかー。しかしオットーはうるさかったなぁ、まるでジョー・ペシみたいにwww

★★☆☆☆

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モリコーネ 映画が恋した音楽家

映画『モリコーネ 映画が恋した音楽家 』を劇場にて鑑賞。

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2020年に91歳で亡くなった映画音楽界の巨星 エンニオ・モリコーネのドキュメンタリーフィルム。
監督は『ニュー・シネマ・パラダイス』等でもモリコーネとタッグを組んで名作を残したジュゼッペ・トルナトーレ。
なんでもモリコーネは「ジュゼッペが監督でなければドキュメンタリー映画の制作を認めない」と言い、トルナトーレ監督は「作中でモリコーネ作品のフッテージ(映像)が使えないのならドキュメンタリーは作らない」と言ったという。で、その両方が叶って出来上がった まさに奇跡のような映画がこれだ。

上映時間は2時間40分近くあるので長めなのだが、モリコーネを語るにはまず生い立ちや何故劇伴を手掛けるようになったのかというバイオグラフィーを描く事が重要だったというのもあるが、何せ手掛けた映画音楽だけでも400本以上あるので これだけの尺は必要だったのだろう。

それと前述の通り、映画会社の垣根を超えてモリコーネが手掛けた様々な映画のフッテージをほんの数シーンではあっても大画面で観られ、大音響で堪能できるというだけでもお買い得度高し。この手のドキュメンタリーは後からVODで観ればいいやという人もいるかもしれないが、本作は是非とも映画館の大スクリーンで楽しんで頂きたい。

そして「映画が恋した音楽家」という邦題なのだが、これが実に気が利いている。
普通なら 映画「を」恋したとなるところなのだろうが、この「が」には深い意味がある事が本作を観ると分かるという仕掛けになっている。あれだけの巨匠にも波瀾万丈・紆余曲折があったというワケだ。

で、最後にこれだけは言わせてほしい。

映画の歴史の半分はモリコーネである

と。

★★★★☆

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TENET テネット


ついに『TENET テネット』を観た(いまさらw)。

実はクリストファー・ノーラン監督作品って『ダークナイト』しか観ていなくて(←しかもここ数年で観た。遅いw)、その話をすると「かーやんはキューブリック好きだから、ノーラン作品は観ていると思った。意外ーっ」ってよく言われますw そんな かーやんさんが重い腰を上げて観たというのも、周りがあまりにも面白い面白いって言うもんだから気になってw

で、ここからが観ての感想なのですが…なるべく端的に述べます。解説とか考察なんかはググれば他にいくらでも出てくると思うんで(思っていたほど難しい話じゃなかったし)。

まず思ったのは

みんな、007好きだよねー

ってw

売れるとみんな007をやりたがるんだよ。スピルバーグ×ルーカスはインディ・ジョーンズシリーズだし、キャメロンも『トゥルーライズ』でしょ? どんだけ好きなんだってw

それとね、このちょいと風変わりな『TENET テネット』によく似た映画を見つけたの。それは

『ターミネーター3』

T3って基本クッソ映画なんだけど(笑)、ひとつだけ腑に落ちた点があってね。それは

運命論

いくら未来を変えようと奮闘しても結局スカイネットは発動してしまうという抗いようのないラストは本当によく出来ていると思っていてね。
ドラえもんもそうじゃん。のび太の運命が変わって好転しちゃったら、ドラえもんの出番がなくなっちゃうっていうw

特に日本人ってタイムリープものが好きじゃん? BTTFや時かけとか、まどマギとかビューティフル・ドリーマーとか。でも『TENET テネット』って…なんか響くものが無いんだよねぇ。真面目に作り過ぎてる感があるな。やりたい事はよく分かるし、007的なアクション映画にもまだまだ可能性があるよっていう革新的なアプローチも理解できる。なんでもかんでもCGで簡単に片付けるなよっていうのもね。その心意気は良し👍

でも俺はトム・クルーズの『オール・ユー・ニード・イズ・キル』の方が好きだな、ウンw もうこれは好みの問題かw

それと人妻ボンドガールはたまらんなとwww 以上。

★★★☆☆

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NOPE/ノープ


池袋IMAXで観られずに泣く泣く見逃した『NOPE/ノープ』をようやくアマプラ(レンタル)にて観了。
劇場で予告編を見て、マイブリッジの「動く馬」が出てきた時点で この映画、絶対面白そーっと思っておりました。

(ここからは、おそらく観た人にしか分からないネタバレが多少有り。なので読んでもあまり支障はないかと)

要はアレだ、バルンガ(ウルトラQ)だったなwww
猿とかカメラマンの件は無くても話は成立すると思うんだけど、アレが無いと映画としての尺が足りなくなっちゃうんだろうね。普通にやったら単なるB級映画で終わっちゃうところに、ああいう巧い肉付けをしたもんだなと。
で、作中にいろんな仕掛けが盛り込まれているんで 深読みとかしちゃいがちなんだけど、普通に観てもエンタメとして充分に成立しているというか楽しいっていう作りも好印象。やりやがんな、ジョーダン・ピール👍w 

それと自分の話になっちゃうんですが、昔 江ノ島で野良猫の写真をずーっと撮っていて分かったんだけど、猫はいくらカメラを向けてもこっちを向かないw おそらくね、カメラのレンズって でっかい目みたいじゃん? 目を合わすのが やっぱ怖いと思うんだよね。
つまりね…怖いとか危ないと思ったら、目を合わすなっていう事ですよw

あと最後に僕なりのNOPE論を。
アレって捕食っていう事なんですかねぇ? 僕はね、こんな風に解釈したんですよ。
また江ノ島の話に戻りますが、猫を撮っていたら台湾リスの死骸で遊んでいる猫を見掛けた事があるんですよ。別に取って食おうとかいう訳でもなく、ぬいぐるみと戯れるかのようにキャッキャと遊んでんのw
で、僕が思ったのは アレがやっていたのは捕食ではなくて、プチプチ(梱包材)を潰すのと同じような感覚で無邪気に楽しんでいたんじゃないかなーとw だから硬いもんはペッと吐き出すっていうねw 間違っていたらゴメンよ、ピールw

★★★★☆

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タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密


BSプレミアムにて『タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密』観了。

タンタンはフィルム撮影で作られなかった唯一のスピルバーグ作品である。
要はフルCG作品なのだが、わざわざモーションキャプチャーで撮影をしているので、撮影: ヤヌス・カミンスキー、編集: マイケル・カーンがクレジットされているという変な映画w

でも実際観てみるとフルCGアニメというよりはCGで実写映画を撮りましたという感じになっている。しかも2011年の作品なのだが、今観てもあまり遜色が無い。これは『ロード・オブ・ザ・リング』等でCG表現の実績があったピーター・ジャクソンがプロデュースに加わった事が大きいかと。キャラクターをCGアニメっぽく見せないライティングが巧いんだよね(これはカミンスキーの手柄)。ちゃんとスピルバーグ作品になってたし。

それと見どころは カメラワークや画作り。CG作品なのにフィルムっぽい表現をあえて入れたりとか(フレアの映り込みやナイトシーンで路面を濡らす等)、CGならでは表現をどう作中で駆使しているのかを見ているだけでも充分に面白い。

それと思ったのは、これは

『フック』のリベンジ

なんだなと。当時いい歳こいてまだこんなジャリ向けの厨二映画を作ってんのかよと揶揄された『フック』だが(笑)、こういう形で表現すればいいんじゃんと気がついたのであろう。ただCGの技術がここまで発達するのに20年待たなくてはならなかった訳だがw そしてここで培った事が『レディ・プレイヤー1』にも生きたからね。めでたしめでたし。

あとタンタンを観て、こうも思った。

インディ・ジョーンズの新作って もうコレでいいんじゃね?

ってwww

あ、これ言っちゃいけなかった?w

★★★★☆

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触れてはいけない映画と夢の話

昨夜は()茅ヶ崎ウタパンパンでのDJイベント後、カウンターで大いに語り呑み続け始発までお世話になりました。オーウェンさん、いつもありがとうございます🙏


そこで映画好きの仲間たちと色々な話で盛り上がり『ジョーカー』の話を振ったのです。

以前ブログでも話しました 【ネタバレ注意】『ジョーカー』夢想論 〜『ジョーカー』は傑作ではあるけれど、世紀の大傑作ではない理由〜 という僕なりの『ジョーカー』論を皆にぶつけてみたのです。

そしてそんなディスカッションをしていく中で、触れてはいけない恐ろしい領域にまで話が及んでしまったのです。


要約すると僕の『ジョーカー』論とは、あの映画は全編に渡って「夢オチ」であるという暴論でした。同じアパートメントに住む黒人女性とのロマンスは アーサー(ジョーカー)の妄想でしたという展開は 観客にミスリードさせるための あからさまなトラップになっていて、実はこのジョーカー誕生秘話自体が全てアーサーの夢想であるというものでした。つまりアーサー=ジョーカーではないという事は、誰もがジョーカーになり得るというお話。


で、この話を突き詰めていったら こんな仮説も成り立つのではないかと思えてきたのです。

『ジョーカー』の元ネタのひとつとなっているマーティン・スコセッシ監督の『タクシードライバー』。僕の『ジョーカー』論が もし正しかったとしたら、実は『タクシードライバー』もそれに該当するのではなかろうかと。

まずその根拠として


・ベッツィー(シビル・シェパード)とトラビス(ロバート・デ・ニーロ)の関係性が、アーサー(ホワキン・フェニックス)とソフィー(ザジー・ビーツ)との妄想ロマンスと呼応しているとするならば

・そもそもベッツィーにフラれた腹いせに大統領候補のパランタインの暗殺を企てる意味があるのか(トラビスはニューヨークの市政に不満を抱いてはいたが、決して政治的思想犯ではない)

・暗殺が未遂に終わり、そこから転じて売春少女アイリス(ジョディ・フォスター)を決死の覚悟で救いに行く件に発展する訳だが、果たしてそこまでやる必要性があったのか。

・トラビスにアイリスへの深い情愛や特別な正義感があったとは思えない。だが彼が潔癖であるという事は分かる。しかし それがパランタインへの報復やアイリス救出の動機だとしたらその割には部屋は小汚いw

・アイリス救出の血の惨劇の後、ヒーローとして迎えられ新聞でも報じられたトラビスだが、いくら正当防衛だったにしても あれだけの事をしたら只事ではない気がするし、あの事件後のトラビスの暮らしぶりは何も変化していないように思える。

・それと最も重要なのは、トラビスはベトナム帰還兵でPTSD疾患者であるという事実(潔癖症なのでドラッグは毛嫌っていたが、薬は大量に服用していた模様)


そんな事を踏まえると実は


『タクシードライバー』も『ジョーカー』と同様に、トラビス・ビックルの壮大な妄想の物語だったのではなかろうかと。


いやーーーーっ!!!!

僕が大好きで大好きな座右の映画『タクシードライバー』までもが全て妄想(夢オチ)だなんてーっ!!w

しかしこれもまた僕の勝手な解釈というか「夢想」である。映画に正解なんてない。できるものなら存命のうちにスコセッシに直接聞いてみたいものだw


それにしても『タクシードライバー』にそういった要素が内包しているという事に気づき『ジョーカー』にそれを盛り込んだ脚本家は大したものである。


本当はまだ言いたい事があるのだが(トラビスの妄想が現実に具現化されてしまったレーガン大統領暗殺未遂の件と『ジョーカー』の関連性とか)、長くなってしまうので それはまた別の機会に譲るとして、結論づけると


映画とは、それ自体が壮大な夢の装置


であるという事だ。


真っ暗な小屋の中で投影される光と影の世界(マジック)は、まさしく人が見る夢の如しだ。

そして大前提となっているのは、映画とは真実を映す鏡であるかもしれないが、それ自体は「作り物(創造物)」であるという事実だ。


そしてこんな夢想が成立するのであるならば、それは全ての映画に言える事となってしまう。

例えば『ロッキー』でアポロとの死闘で善戦し「エイドリアーン!!」と叫んだ後に、病院のベッドで横になっているパンチドランカー・ロッキーの姿が映し出され「夢だったのか」となったらどうかとかw


僕は昨夜この話をしていて、触れてはいけない映画のアンタッチャブルな領域に足を踏み入れてしまったような気持ちになり、かなり落ち込んだこんな事を言っちゃったら夢も希望もないじゃんと。


でも誤解のないよう、もう一度言っておこう。


映画とは目を開けて見る夢


なのだと。

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